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2015年9月25日

祖母の思い出

category : [日常生活

writer :[よ]

祖母の思い出

4人いた祖父母たちもここ十数年で次々に亡くなり、昨年秋、母方の祖母が92歳で亡くなりました。そしてこの秋、1回忌を済ませました。

祖母の家は車で5分程度の距離にあり、小さいころは毎週のように遊びに行っていました。
思い出といえば......。

毛筆づくりの内職をしながら農業で生計を立てていた祖母は、遊びに行っても田畑に出ていたり内職をしていたり、とずっと遊んでもらえたわけではありませんでしたが、祖母と孫との間には親にも内緒のおやつ用の引き出しがあり、たとえ祖母が不在でもきちんとおやつが置いてありました。孫だけで留守番を任されることもありましたが、不安な中で引き出しを開けておやつを見つけたときの嬉しさは今も忘れません。

また、中学に入るまで私は美容院に行ったことがなく、祖母が散髪をしてくれていました。
基本はおかっぱなのですが、小学校も高学年になるとほんの少しの前髪の切り過ぎが妙に気になったり、後ろの長さとのバランスが気に入らなかったり......。孫娘の面倒な注文にも「はいはい」と笑顔で聞いてくれた祖母。

趣味でずっと書道を習っていた祖母は、ときに私の書道の先生となりました。

そういえば、私が遠くの大学を受験するとき、共働きの両親に代わり新幹線で私を受験会場まで連れて行ってくれたのも祖母でした。
思えばかなり大きくなるまで、祖母には随分と世話になったようです。

私が結婚し横浜に引っ越すと祖母と会う機会はぐんと減り、帰省して会いに行くたび、祖母の体は小さくなり背中も曲がっていき......。叔父一家と同居していた祖母は、最後はこれといった病気ではなく老衰で自宅で亡くなりました。
最近では、私の娘(ひ孫)を、私の妹(孫)と思い込んでしまったり、と多少の認知症もあったようですが、いつも笑顔で暖かく迎えてくれました。

生前は横浜と広島の距離をとても遠く感じ、会えなくて寂しい思いをしましたが、亡くなってからは、逆にいつも空を見上げれば祖母がいるような気がするから不思議です。辛いとき、苦しいときも、祖母の励ましがすぐ頭上から聞こえる気がしてがんばれます。
祖母が私をいろんな場面で支えてくれたように、私もそんな人になれるよう、これからは気持ちを切り替えて過ごせたらと思います。


ブローチ 貯金箱 掛け軸
農村から出たことがなかった祖母ですが、
いつも少しだけおしゃれをしていました。
幼いころ祖母にもらったお土産は
貯金箱として大切に使っていました。
筆職人だった祖母は、趣味も書道でした!

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