竹久夢二の世界へ
以前から、竹久夢二が描くレトロでどこか儚げな雰囲気に惹かれており、先日ふと思い立って美術館を訪ねました。
竹久夢二は、明治17年から昭和9年を生きた、大正ロマンを代表する画家・詩人です。
今回訪れた「弥生美術館・竹久夢二美術館」は東京都文京区にあり、同じ敷地内に「弥生美術館」も併設されています。1枚のチケットで両方を鑑賞できるのも魅力です。
美術館は、東京大学の弥生門の向かいにあります。歴史を感じさせる重厚な弥生門をしばらく眺めてから、美術館へ。
現在開催されている企画展は、「飾るよろこび 暮らすたのしみ」。
夢二が図案を手がけた商品を販売していた「港屋絵草紙店」の紹介とともに、木版画、封筒、千代紙などが展示されていました。
今でいうファンシー雑貨を扱う文具店のようなお店だったそうで、当時の人々が夢二のデザインに心をときめかせていた様子が想像できます。
その他、デザイナーとしての夢二の作品が紹介されていました。
特に印象的だったのは、「セノオ楽譜」の表紙です。
夢二は、1〜2曲を収録したピース楽譜の表紙をたくさん手がけており、大正時代には一世を風靡したとのこと。ずらりと並んだ表紙は、絵柄も色使いもバリエーション豊か。眺めているだけで心が躍ります。
今のように音楽を気軽に聴くことができなかった時代。
西洋音楽への憧れや曲のイメージを、想像力を膨らませながら表現していたことを思うと、その感性にはただただ脱帽です。
また、雑誌の表紙や子ども向けの挿し絵もとても魅力的でした。
色使いや図案は今見ても斬新で、パソコンもAIもない時代に、これほど洗練されたデザインを生み出していたことに驚かされます。
1923年には、仲間とともに「どんたく図案社」というデザイン会社の設立も計画していたそうです。しかし、その年に発生した関東大震災によって実現には至らず、幻の会社に。
もし震災がなければ、さらに多くの素晴らしい作品やデザインが世に生まれていたのかもしれません。
晩年の夢二は海外を旅していましたが、昭和9年、結核のため惜しまれながら49歳でその生涯を閉じました。
ここでは触れませんが、女性たちとのエピソードもまた興味深く、その生き方も含めて多くの人を惹きつけ続けている理由なのかもしれません。
今回はちょうど学芸員さんの解説も伺うことができ、作品の背景や当時の時代の空気に触れながら、夢二の世界を知ることができました。
また、併設の「弥生美術館」では、「太刀掛秀子展 ~『りぼん』70’s おとめチック☆エポック~」も開催されており、こちらでは少女漫画の世界に浸り、有意義なひとときとなりました。
※館内では、作品の撮影が一部許可されていたので、少しご紹介します。
■弥生美術館・竹久夢二美術館
https://www.yayoi-yumeji-museum.jp
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| 立派な東京大学の弥生門 | 「弥生美術館・竹久夢二美術館」に到着 |
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| 「セノオ楽譜」の表紙がずらり | 私のお気に入りです。 |
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| 躍動感を感じます。 | 夢二らしさを感じます。 |










