ナビゲートのロゴ
ナビゲート通信は主な更新情報をお届けするメールマガジンです。ご登録はこちらから。

下記はページ内を移動するためのリンクです。

現在位置

 ホーム > 気まぐれ歳時記 INDEX > あこがれの富士登山(後編)

« Back | 気まぐれ歳時記INDEX |  Next »

2010年8月31日

あこがれの富士登山(後編)

category : [旅行・海外生活

writer :[ち]

 あこがれの富士登山(後編)

体力にまったく自信のない私[ち]が、長年夢見た富士登山。いよいよ山頂に向かいます。(前編はこちら)

7合目を過ぎると、岩場が多くなってきます。四つん這いでよじ登るところもありました。全身を使うため、どんどんエネルギーを使います。登山愛好者のサイトによれば、こまめに糖分補給、汗もかくので、塩分もとりましょうとありました。持ってきた飴やキャラメル、干し梅などをポケットに入れ、常に口に含んでいるようにしました。食べ終わればもう一つ、という感じで食べ続けました。おそらく通常の1年分くらいをこの登山中に食べたと思います。

さて8合目が過ぎ、やっとその日の目的地の山小屋が見えてきました。あと一息。でもここからが意外と長く感じました。
空気はさらに薄くなります。気温もだいぶ下がってきて、少しでも立ち止まると体が冷えてきます。体調が悪くなる人も増え、ところどころで吐いている人もいました。

日が暮れ、足元が見えにくくなった19時半ころ、ようやく標高3350mの「富士山ホテル」という名の山小屋に到着しました。5合目を出発して6時間ちょっとです。1時間前に出発したグループに追いついたほどの急ぎ足で進みましたが、やはり結構時間がかかりました。
山小屋に到着した順に食堂のイスにつめて座ります。テーブルには夕食のカレーと水が用意されていました。「はい、さっさと食べて休みましょう。明日、頂上へ行く人は、防寒具、雨具を着て、午前1時に入口集合です」という案内を聞きながら、目の前のカレーをともかく胃に入れます。そして、食べ終わった人から、寝袋が並べられた部屋に行き、端からつめて横になっていきます。ここでは、お風呂も洗面所もありません。ましてや、ゆっくりするとか、快適に過ごすといった要求は満たされません。それでも、体を横にできることが何よりもありがたいと思いました。

とりあえず寝袋に入ったのは20時半ころでしょうか。少しウトウトしていたのですが、隣の寝袋にいた中学生の少年の声に起こされました。どうも泣いているようです。一緒に登ってきたその子のお母さんが「うん、よく頑張ったね」となぐさめています。どうやら、登山のつらさに思わず涙が出てしまったようです。かわいいじゃありませんか。
話を聞いているうちに、すっかり目が覚めてしまいました。1日中歩いていたせいか体中が熱く、寝袋の中に入っていられません。かといって起き上がってもやることはないし、明日のためにも体を休めなければいけないので、とりあえずおとなしく横になっていました。すると......
突然「うぎゃー」っと、なりました。その少年は寝相が悪く、足やら手やらが私の体に覆いかぶさってきます。ビックリするし、重い。えいやーっと投げ返すわけにもいかず、そっと戻してあげます。しかし数分たたぬ間にまたやってくる。その子のお母さんが数回は気がついて注意してくれたものの、一晩中それと戦うこととなりました。
そうこうしているうちに、出発時間が近づいてきました。


午前1時。山頂で日の出を見るために30人ほどが参加しました。真っ暗闇の中、頭に付けたライトの明かりだけが頼りです。遠くには同じく登って行く人たちの光の列が見えています。足元以外は見えないので、昼間よりも呼吸に集中できました。ひたすら今の自分と向き合い、そして、富士山に来れたということをただただ感謝し、一歩一歩前に進んで行きました。
3時くらいに山頂に到着。「今日の山頂は晴れているようです」と出発時に話したガイドさんの言葉とは裏腹に、上に行くほど霧が多くなっていました。リュックはしっとり濡れています。ここで日の出を見て下山するグループと、お鉢巡りという富士山山頂の火口を一周するグループとに分かれます。私はもちろんお鉢巡りグループにしました。参加者はさらに減り、16人になりました。
「火口に落ちたら、生きていても1週間くらいは助けられませんので、落ちないように気をつけてください」というガイドさんの言葉にびびります。外側は崖、内側は火口という恐ろしい状況。足元は滑りやすくなっているし、坂も多くて、勢い余って落ちてしまいそう......。もし個人で来ていたら、真夜中に歩くことは避けたと思います。そのくらい危ないと思ったところでした。
日の出を見るために頑張っていたはずですが、いつの間にか夜は明けてました。そしてなんとか剣が峰まで来たものの、日本最高地点の碑と一緒に記念撮影する時間もありませんでした。ほかの人が撮影している姿を背景に、なんとなく標識と一緒に映る感じで撮影しました。
お鉢巡りの歩行距離は3kmほどありますが、あまり細かい記憶がありません。というのも、霧と雲で景色は見えず、ただ前に進むという感じだったからだと思います。日が上がるにつれ視界も開け、雲の上にいる心地よい感じもしてきました。下山する地点の近くに浅間神社があります。浅間神社は富士山の噴火を鎮める神を祀る神社だそうです。残念ながら奥宮までは行くことはできませんでしたので、お守りだけ頂戴しました。

7時ころ8合目に戻り、朝ご飯を済ませ、7時半に下山開始です。
登るより下る方が体にこたえるとよく聞きます。膝も腰もすでに痛いため、下り始めてすぐに休みたくなりました。しかし進まなければその苦しみも終わらないと自分に言い聞かせ、足を半歩でも前に出して進んでいきました。
6合目を過ぎ、あともう30分で到着というところで雨に遭いました。かなり強く降って来たため、雨具を着ましたがすでに服はびしょ濡れです。雨女の力がここにきて発揮されてしまったのでしょうか。でも、幸いにも終了間際。そういえば登山前に占いで「あなたは富士山に登って、これまでの嫌なこと悲しいことを富士山に置いてきます。その後は、運が開けてくるでしょう」と言われたことを思い出します。それが本当かはわかりませんが、雨によって「水に流す」ことができればいいなと思いました。

11時過ぎに集合場所の5合目に到着しました。夜中の1時から10時間動きっぱなしなので体はくたくたです。ツアーでは、このあと河口湖へ行き温泉に入って食事をするという予定が組まれていました。しかし出発時間まで1時間ほど待たなければならず、温泉でも混雑してゆっくり入れない状態だったので、早く帰って休んだ方が本当はよかったです。新宿で高速バスを降り、自宅に着いたのは18時過ぎ。家で待っていた母の顔を見て少年のように泣くことはありませんでしたが、ほっとしました。


念願の富士登山を達成しました。
正直ひたすらに登ったという記憶ばかりで、楽しいと思えたことはありませんでした。しかし、またすぐにでも登りたいです。
最近読んだ茂木健一郎さんの本によれば、人は高いハードルを乗り越えたとき、ドーパミンが大量に出て喜びを感じるようです。そんな影響かもしれません。
ところで......、日本最高地点の碑の脇に立っていないということは、3776m地点には立っていない!ということでは?次回に行く際は、もう少し写真を撮ったり、景色を楽しめる登山になればいいなと思います。せっかく道具もそろってきたので、これを機に他の山にも登りたいです。
......実はその願い、すぐ叶うことになったのでした。その話はまたいずれご紹介します。


おわり


夜中1 夜中2
夜中の景色(見えません...) 登山をする人の明かり
早朝1 早朝2
山頂です。霧につつまれています。
もうすぐ夜明けでしょうか、うっすら明るくなってきました
雲 雲
厚い雲に覆われています。その先には山々があるはずです......
山1 山2
山には雪がまだ残っていました
空 空2
霧がはれて、青空がのぞきます
日本最高地点
日本最高地点の碑と撮った写真。手前は私ですが、あとは見知らぬ人々......

▲このページの先頭へ

最近のエントリー

過去分一覧(月別)

2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
2003年
2002年
2001年
2000年

カテゴリー

執筆者一覧

お問い合わせ・ご連絡先
Copyright © 1999 - Navigate, Inc. All Rights Reserved.