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2007年1月18日

自分をコントロールする言葉

category : [メッセージ

writer :[K]

まだ根性論が花盛りの時代でした。
高1の夏のことです。運動部に入っていたのですが、練習が始まる前が一日で最も憂うつな時間でした。 グランド整備を終えると1年生が水道の周りに集まってきます。すでにバテバテ。このあと練習が始まると、1滴の水も飲めず、 声を出しっぱなし、走りっぱなしの7〜8時間が続きます。ある日、先輩が見かねて言いました。

「暑いとか、キツイとか考えるな!考えると余計キツクなるだけだ」
「何も考えなきゃ、時間が解決してくれる」

そんなこと言われたってキツイもんはキツイよな。嫌だなー。その日も1年生は、バタバタと地面をはい回り、半べそ状態でした。
スポーツをやっているとみんなどこかに"けが"があります。風邪をひけば熱もでますし、歯医者にも行かせてもらえないので虫歯で激痛の日もあります。また他の先輩が言います。

「痛い、かゆいをいちいち顔に出すな!」
「風邪は練習すれば治る!」

ムチャクチャ言うなよ!

2年の夏、3年生が引退して主将をやることになりました。もはや私がキツイ顔、痛い顔をするわけにはいきません。 そのころ、ポーカーフェースという言葉が気に入り、毎朝鏡を見て無表情を装う練習をしていました。
キツクない、痛くない、笑わない、驚かない。
1年生の時より体力がついただけかもしれませんが、キツイと感じたときほど全力で走ったり、声を出したりができるようになりました。けがや虫歯の痛みもどこ吹く風です。 おかげで奥歯はボロボロになりましたが......。
とは言え、圧倒的な痛みには勝てません。 ポーカーフェースを決め込んでいたためか、ストレスをため込むクセがついていたのかもしれません。ある日、胃に激痛が走り、何度も何度も嘔吐し、地面に倒れ込んでしまいました。
急性胃炎でした。 さすがに無表情のまま胃液を吐くことはできませんでした。

就職して2,3年目のころ、所属していた営業所は赤字続きで荒んだ状態でした。 毎晩日報報告で攻め立てられるため、営業はみんな胃薬を服用していました。私も上司との関係が最悪で、高校以来の胃炎は慢性化していました。
こういう時期は不運が続きます。受注した案件は立て続けに信用調査で引っ掛かり売上になりません。 事故や身内の不幸にも遭遇し、強いはずのギャンブルでも大負けするようになりました。さらにはお客を装ったゲイで薬中のヤーさんにラブホテルに監禁されたり(あ、私は無傷です) 、カードを盗まれて数十万も使われたりと踏んだり蹴ったりでした。 そんなある日、むさぼり読んでいた歴史小説のある一節に目に留まりました。

「高杉晋作は、生涯『困った』という言葉を口にしたことが無かった」

そうだよな。私ももう「困った」とか考えるのはよそう。打開策だけを考えればいいんだ。このころから胃に痛みを感じるのは、深酒をした翌日くらいになりました。

それからまもなく転職し、産業教育の世界に入りました。住まいも移り、新しい土地での再スタートです。時代はバブルで、人材育成もブームとなり、私の営業成績も絶好調でした。 しかし、将来進みたい方向と違うようにも思え、この土地でこんなことをやってて意味があるのかという疑問が常にありました。そして1年が経過したころ、中途で後輩が入ってきました。前職は日本酒の研究職で、昼間から利き酒をやっていたという変わり種です。その後輩は、自分で研修を売っておきながら「こんなことやってもなんか効果があるんですかね」と、毎回しつこく私に聞いてきます。さすがに私も煩わしくなり、思わず怒鳴ってしまいました。

「うるさい。疑問に思うんだったら、自分で効果が出るように企画しろ!」

この言葉が私自身に突き刺さります。今、この仕事に意味があるかどうかとか考えてどうする。意味が分からなければ自分で意味があるようにしていけばいいんだ。

どんな状況でも即座に打開策を考えることもうまくなり、いろんなことがよい方向に回るようになりました。打開策を考えるには、状況を整理し、分類したりパターンを見定めたりする力が必要になります。私はこれが得意なほうで、みんながあれこれ議論しているときに、バサッと一言で切り捨ててみせることもありました。
有頂天になり、まわりがみんなバカに見えた時期でもありました。ある日、いつものように手早く状況を整理し、本質を言い当てた気になっていたとき、誰かに言われました。

「括るな!」

でもこのときはただムッとしただけで、その意味まではわかりませんでした。

ほどなくして、東京の本部での勤務となりました。数年間で何億も費やした業務システムの開発プロジェクトが解散となり、その後始末と再立ち上げを担ったプロジェクトへの専従でした。私自身、技術者でもなく、業務に詳しいわけでもありません。前のプロジェクトの失敗で粛清人事が行われたあとなので、 地方拠点から乗り込んできた営業出身者に協力しようとする人はなく、話を聞こうとしても「いろいろあるんですよ」であしらわれてばかりでした。
予算も権限もないのでやれることは何もなく、八方ふさがりだし、自分の立場や仕事に意味を見いだすこともできません。仕方なく、週に数回の会合以外は、ラウンジや応接で一人で黙々と本を読んで無為に過ごしていました。そんなとき、ある研修で聞いた言葉を思い出しました。

「やる気が出ないときは、掃除しろ」

後片づけとか掃除とかが大の苦手で自分の部屋もいつもグチャグチャでしたが、掃除をしてみると、やった分だけきれいになるし、ちょっとした達成感がありました。

2年半ほど過ぎ、やっとプロジェクトが順調に進み出した矢先、バブルが崩壊し、プロジェクトは中止になってしまいました。もともと、数年後にこのプロジェクトが完了したら辞めようと思ってましたので、私は即座に退職を決意しました。
自分で何かの事業をするつもりでしたが、何の計画も準備もしていません。これからどうしようかと考えはじめたところで、懇意にしていたコンサルタントの方に仕事を頼まれ、そのままズルズルと業界にとどまってしまいました。腹決めができぬうちに、そのコンサルタントとあるセミナーを企画することになり、意見が合わぬままセミナー当日を迎えました。
結果は大失敗。セミナーの途中で「金を返せ」と怒り出す人まで出るほどでした。もっとも終了アンケートでは半数は高評価で、進行を乱した受講者に批判的な人もいましたが、残りの半数はかなり辛辣な意見が多く、講師をしたコンサルタントに見せるのをちゅうちょするほどでした。ところが、アンケートに目を通し終わったコンサルタントの言葉には耳を疑いました。

「よし、次!」

同じセミナーをもう一回やるからすぐ次を企画しろと言うのです。アンケートにこんなこと書かれてなんでそんな気になれるんだ、そのたくましさはどこから来るんだと唖然としてしまいました。 (その後このセミナーは、数千人以上が受講したヒットセミナーとなりました)

独立して事業をやっていると、見込み違いや失敗がつきまといます。そんなとき、この「よし、次!」が私自身の口癖になっています。
しかしながら、人間関係のトラブルだけは気持ちを切り替えるのが簡単ではありません。利用しようとしてくる人、責任を押し付けてくる人、ごまかそうとする人、約束を翻す人などが次々出てきます。組織にいたら何ともなかったことも、それによって自分の身銭で大損するとなると、恨み辛みがどうしても口から出てしまいます。前出のコンサルタントにそんな愚痴をこぼしたとき、キツイお叱りを受けてしまいました。

「そんなもん、お前が悪い。世の中、力関係だ」

相手がどんな悪人であろうと力関係で負けたほうが悪い、というわけです。ぐうの音も出ない一言でした。以来、何が起きても「自分に力がないのだから仕方ない」といくらか受け入れられるようになりました。

だからと言って、それで事業がうまくいくわけではありません。世の中は長い不況が続き、事業も一進一退を繰り返します。
;独立すると眠れない夜が続くとは聞いていましたが、最初のころは「あれをやろう、これをやろう」という前向きな不眠でした。しかし、資金繰りに窮し、支払いやスタッフの給料のめどが立たない時期の不眠は精神をむしばみます。
テレビでは毎日のように経営者の自殺のニュースが流れていた時期でした。そんなとき、テレビで小耳に挟んだ一言は新鮮でした。

「資金繰りで困ったら、飯を食え」

飯を食えば眠くなり、眠ればいいアイデアも出てくるからだそうです。この言葉を実践したおかげで何とか今日までやってくることができたようにも思えます。

同業大手が規模縮小を繰り返す厳しい環境下でしたが、その時々の状況下で、やれることだけに絞って取り組んできました。それによって事業の足腰もいくぶん強くなってきました。打ってきた手はそれなりには当たってきたとは思います。しかし、決定打はなかなか生まれず、自分の発想の貧困さに嫌気がさしたときもありました。そんなとき、以前言われた言葉がよみがえってきました。

「括るな!」です。

私は自分が鋭いほうだと自負していました。しかし、切れ味鋭い分類やパターン化はかえって自分を思考を縛ってしまいます。そればかりか、そういう思考方法は自分の枠組みでしか物事が見られなくなり、多くの偏見や差別を生み出してしまいます。
鋭さというのは、単に情報を単純化し、デフォルメする能力に過ぎません。それによって実態を見ようとしなくなり、決めつけをやり、1度思いついた考えに頑固にこだわるようになっていました。 括らず、個々を見ること。一旦状況を整理し、これだというアイデアが出てきても、もう一度バラして個々を見てみる。そうすれば、やれることはいくらでもあることに気づきはじめました。 もう、行き詰まりを感じている暇はありません。


今、弊社の中で、人生における転機を迎えているスタッフがいます。
具体的な変化の事象がなくても、自分の人生をしっかり考えるべき時期にさしかかっているスタッフがいます。
辞めていったスタッフのなかにも、新たな人生にチャレンジしようとしているものがいますし、新たに弊社に参加し、この会社で人生の一部を試してみようとする人もいます。
夢を追い求める人、夢が見つからない人、目標を掲げて着実に歩もうとしている人、目標が見つからず流されている人、仕事を楽しんでいる人、仕事をしながら不安や疑問がぬぐい去れない人......。

ちょっとだけ本音を言うと、「甘えてるな」と感じることが無いわけではありませんもう少し周囲を見なさい、現実を見なさいと忠告したくなることも少なからずあります。 いろんな選択や生き方を応援してあげたい気持ちもありますが、裏目に転じて後悔している人もたくさん見てきたためか、安易に賛同してあげることもできません。
どのような選択をしようとも、いつかどこかで踏ん張らないといけない場面は、みんな平等に来るんだろうと思います。そんなとき、何でもいいので自分に合った言葉、自分を追い込んだり甘やかしたりする言葉でなく、自分をコントロールできる言葉を見つけてくれるといいなと思います。

私自身のことに戻せば、年齢を重ね、社長という立場が長くなったためか、私に苦言を呈してくれる人は少なくなりました。だからと言って、他者からの苦言を必要としないほど成長できたわけではありません。
今だに思い通りにいかないことの連続です。人の問題は相変わらず心を痛めますし、想定外の事態は私を避けてはくれません。責任はますます重くなり、今後はマンネリとか、体力低下とか、残された時間とか新たな難敵とも対峙しなければならなくなるはずです。自分自身との葛藤は、若いとき以上に難しくなってきているようにさえ思えます。
私もまだまだ自分を鼓舞できる新鮮な言葉を探し続ける必要があるようです。

もし、もっと未来が見通せたら、こんな葛藤からは開放されるのにと思うこともあります。そんな弱気が出たとき、いつも思い起こす言葉があります。
パーソナル・コンピューターの父、アラン・ケイの言葉です。

「未来を予測する最善の方法は、未来を発明してしまうことである」

さあ、みんな再スタートです。 未来を描ききっちゃえ!


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