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飲食店での気づき

静かな檄

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元飲食店店員(男性)  2019-10-09

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静かな檄

10年近く前、通っていた大学のそばで私は初めて一人暮らしというものを体験しました。初めて自由な生活を得ることができ、大学の授業やその課題、生活のためのアルバイトと、忙しくはありましたがとても楽しい毎日でした。

そんな折、近所に変わった名前の小さなレストランができました。そこの店主(後にマスターと呼ぶことになるので、以下マスターと呼称します)は、なんでも国際的に有名な某無国籍料理のお店で修行していた方で、その料理に衝撃を受けたことは今でも覚えています。私が一人暮らしを満喫していた理由の一つに料理が好きだったというのがありました。マスターは人柄も良くとても面白い人だったので、私はすっかりそのお店に惚れ込み、マスターに頼み込んでそこで働かせてもらおうと思いました。とは言ったものの、私はすでに他でアルバイトをしており、掛け持ちはできるだけやめてほしいと言われていました。しかし、私はどうしてもそのお店でマスターの料理に触れたいと思ったため、マスターに相談し、働きへの報酬は料理でいただくという取り決めをして、働くというよりは手伝うに近い形でお店へと入りました。アルバイトとの掛け持ちは大変でしたが、とても充実していました。

ところが、マスターの元で働かせてもらうにあたって、私は一つの根本的な勘違いをしていました。それは、お客さまのために料理を提供し満足していただくという最も大切なことでしたが、私は自分が衝撃を受けた料理を間近で見られるという嬉しさのあまり、その基本的なことよりも自分のエゴを満たすことを優先していました。何より質が悪かったのは、そのエゴに自分でも気づいていなかったということです。マスターがそれに気づかせてくれたのは働きはじめてすぐのことでした。

確か午後11時をまわった頃だったと思います。その日最後のお客さまを見送り、片付けを終えてから、働きの報酬として一つ料理を頼んでいいと言われていたので、お店の目玉であった一品を注文し、マスターの手際を観察していると、おもむろにマスターが口を開きました。
「君がいつも横目で僕の料理を見てるの、気づいてるよ」
声音や雰囲気からすぐにマスターが私に何か言いたいことがあるのだろうなと察しましたが、何を言いたいのかは掴みかねていました。一気に空気が重くなり、職人気質の方独特の静かな迫力に気圧されて、相槌を打つことしかできずにいたところ、マスターがこう言いました。
「僕は君が僕の料理を好きだからここで働かせてほしいと言ったとき、少し不安だったんだ。君は接客の仕事ってどういうものだと思う?僕には、君が僕の料理をお客さまに出してそれを喜んでもらうより、僕の料理や技術が見たくて働かせてほしいと言ったように思える。僕の料理が好きだって言ってくれたことは嬉しいけど、僕が一番喜ばせたいのはお客さまだ。今の君の姿勢は、僕にもお客さまにも失礼だと思わないかい?」
その言葉を聞いたとき、やっと自分が大きな勘違いをしていたことに気づき、激しい羞恥心に苛まれました。ああ、私はなんて自分勝手なんだろうか。マスターの静かな言葉は、怒鳴られて委縮するよりも強く私の心を揺さぶりました。
自分への失望感に打ちのめされて黙るしかなかった私のことを横目に、マスターは料理を作りながら、
「僕もね、同じようなことを言われたことがある。あの経験があったからこそ、人に料理を出して喜んでもらうっていう当たり前の目的を見失わずにここまでやってこれたんだと思う」
「こういうことを自分で気づくのは難しいし、ここは小さな店で人手も足りないから、その歪みを持ったまま働かれるのはこのお店にも後々の君にもメリットはないと思うんだ」
「だからじっくり考えて君がどう働きたいか聞かせて欲しい。僕がどう働いてほしいかと、君が何を目的に働きたいかが一致したら、あらためて一緒に働こう」
そう言ってマスターは私に料理を出してくれました。味覚よりもマスターやお客さまへの罪悪感に思考を取られてしまい、何を食べているんだかわからないような気持で胃に流し込んだことを今でも思い出します。
結果的に、私はそのお店で1年半ほど働きました。この出来事のおかげで、私はマスターといろいろな話ができるようになり、より強く互いに信頼し合うことができたと思っています。

立地のせいか変わった店名のせいか、残念ながら料理の味やお店の居心地に反して客足はそれほどでもなく、私が辞めた後ほどなくして閉店となってしまいました。しかし、1年半あの小さなレストランで働けたことは私の中に根付き、仕事に限らず「自分が何を目的としてそのために何をするか」ということをよく考え、探すようになりました。
何よりも嬉しかったのは、あの時私を諭すように叱ってくれたことでした。そのことを後でマスターに聞いてみると、
「僕が怒られたときは怒鳴られたし手まで飛んできたからね。僕はそれが嫌だったし、君には冷静に話したほうが効くと思って」
と笑いながら言っていました。

優しいマスターは料理の味に静かな檄を乗せ、未熟であった私に人生の経験を積ませてくれました。あの小さなレストランのことを私はこの先も忘れることがないでしょう。


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