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今変えなくちゃ

更新 2016.06.16(作成 2014.03.25)

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第7章 新生 19.今変えなくちゃ

その2日前、新田は椿を部屋に呼んでいる。
「どうですか。退職金の準備は進んでいますか」新田は苛立つ気持ちを押し隠し、平静を装って切り出した。
「そうですね、なんとか行っとるんじゃないですかね」
椿は動いていないことはわかっていたが、他人事のようにとぼけてごまかした。
新田はそれが気に入らなかった。それを質すように少し強い言い方をした。
「しかし、なんのプロジェクトも動いていないじゃないですか」
「そのうち動きますよ」
「そんな呑気なことじゃ間に合いませんよ。平田はなにをしよるんですか」
「ええ、今ヒーさんのほうにはチョットストップを掛けていまして」
「何のストップですか」
「いえ。いつもヒーさんにおんぶに抱っこの状態なもんですから、今回は関係会社の自主性に任そうかと思いまして、ヒーさんには動くなと言っておるんですよ」
椿は、これが俺流のマネジメントだと言いたげに飄々とした言い方をして、更に付け足した。
「それに、ヒーさんにあまり負担をかけまいと思いましてね」
新田は、何をおためごかしを言っているんだと怒鳴りたかった。
「負担のない仕事なんかあるもんですか。皆なにがしかのプレッシャーやストレスと戦いながら仕事をしているんです。平田に何の負担があるもんですか。それがあれの役目じゃないですか」
「……」
「それに、そんなことじゃいつまで経っても動きませんよ」
いつも冷静な新田が少し言葉がきつくなっている。それに連れて椿はブスッと顔を膨らませた。
「そのうち動き出すんじゃないんですか」つっけんどうに言い返した。
「動くもんですか。もう2カ月以上も経っているのに何一つ動き出す気配がないじゃないですか」
「それ程急がなくてもいいでしょう。もう少し関係会社の自主性に任せたいんですが」
「自主性に任せるのもいいですがね、関係会社の人事って何人スタッフがいると思いますか。それでも制度の改革となるとうちと同じ工数が要るし、負荷がかかるんですよ。そもそも物理的キャパシティがないじゃないですか。我社(うち)のリードとサポートがなければ絶対に動きません」
「そんなもんですかね」
どうしても平田に頼む気になれない椿は、まだごねていた。
「うちの人事は20人からいるんですよ。それに専門の担当者もいる。関係会社の人事って3、4名しかいないでしょう。それにうちと同じ負荷がかかってこなせると思いますか」
こんな道理もわからんのかと、新田の言葉は強く吐き出された。
「ゆっくり時間を掛けたらできると思いますがね」
「うちですら2年掛かっているんですよ。5年先10年先にできたって意味がないじゃないですか。その時はもう時代が変わっていますよ。人事制度は今変えなくちゃ意味がないんです」
新田は腹立たしかった。
「いいですか。関係会社の制度見直しは独立した事業じゃなくて、わが社の人事制度とともに退職金の見直しのためなんです。先の人事制度改定の時に退職金も見直しますって前提で移行しています。人事部の提案書を見てください。これらは全てパッケージでオーソライズされているじゃないですか。もし方針を変えるんならもう一度役員会に再提案しなおさなければなりません。それとも実力主義に反対ですか」
新田は強く念を押すように言葉尻を置いた。役員会で決定されたことであり、今更この方針は変えることはできないのだ。
「いえ、それはそう進まなくてはいけないと思っています」
椿は、今はじめて役員会の決定事項を軽く見すぎていたかなと、後悔しながら慌てて新田に追随した。役員会を向こうに回すほどの勇気や自信はない。
「それじゃ何がいけないんですか」
椿は返答に窮した。古い体質の人が新しい考えに変わるとき、超えきれない壁がこれだ。理屈でわかっていても咀嚼して腹に落とし込んでいないから、心底身についていない。具体的政策になるとつい古い心情が顔を出す。同体質の古参からも苦情が聞こえてくる。
勢い平田が目立って憎くなる。「出る杭は打たれる」とはこのことだ。
「それじゃ椿さんは、退職金はこのままでいいと思っているんですか」
「退職金って、最後の拠りどころじゃないですか。退職金まで減らすのかって、ベテラン所長クラスから大分不満が上がってきています」
椿は「古い所長」という言い方を意識的に避けた。
「そりゃ、だめですよ。今の水準は絶対だめです。会社がもたない」
「しかし、退職金を減らすってことは彼らの人生を否定することになりませんか」
「たかが退職金を減らしたからって人生が否定されるなんてこじつけも甚だしい。これは経済問題です。退職金が全てだなんて、そんな寂しい人生を送っているわけじゃないでしょう。そんな人間なら尚更わが社には要りません。こんなことで経営の舵取りを誤ってはいけません。まあ、そんな問題もあるなら、それこそプロジェクトで研究させて工夫させればいいでしょう。そのためのプロジェクトなんですから。いいですか。彼らがこのまま定年まで行ったらいくら貰うか知っていますか」
「ええ、まあ大体のことは」数値を明確に確認したことがなく自信のない椿は、あいまいな返事で濁した。
「3600万円です。これは如何に言うても多すぎる。しかも勤続基準だからほとんどの社員が3000万水準に届きます。これは会社の実力に比べてアンバランスです。このままでは、彼らがこの水準に届く前に退職勧奨しなければならなくなります。そうでないと会社がもたない」
椿は黙り込んでしまった。事の重大さがようやく呑み込めてきたのか、少し顔がこわばってきた。

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