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予算作成

更新 2009.07.24(作成 2009.07.24)

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第5章 苦闘 16. 予算作成

試練は早速やってきた。次年度の予算編成が始まったのである。
高瀬は人事課の男子課員3名を集めて予算会議で聞いてきた内容の説明をした。
「基本的には今年スタートした中期経営計画に沿っていく。売り上げは3%UP。物価上昇率は3%。これをベースに考えてくれ」
新参者の平田は黙って聞いていた。
「役割は去年と同じで、西山さんの代わりにヒーさんがやってくれ。それでよかろう」高瀬はみんなの顔を確認した。
「昇給率とか賞与の月数とかは決まってないんですか」係長の森山一哉が尋ねた。
「去年と同じ方針でいく」
「営業とか工場の要員はどうなんですか」今度は主任の鈴原正志が尋ねた。
「基本的には増員なし。採用も欠員補充だけで対応する」
それは、大学卒は既に内内定を出しているので、高卒者の採用数の調整で今年の欠員補充内に押さえるという意味である。
「西山さんの代わりって何をしたらいいですか」何もわからない平田は尋ねた。
「ヒーさんは今まで西山さんがやっていたように、昇給率と賞与の月数を決めて基準内賃金を算出することと、基準外と臨時員給与を算出すること。それと他の部署から来る項目をまとめて人件費全体を取りまとめてほしい」高瀬はさも当然のようにさらりと流した。
「一番大変やないですか」平田は抵抗を示した。
本来なら係長である森山がすべき役割だろうと森山に目をやったが、なるほど頼りなかった。森山は初めからやる気がないかのように涼しげな顔で気楽な顔をしていた。
「西山さんは係長だし、ベテランなのでまとめ役もできますが、私は来たばかりでわかりませんよ」
「大丈夫。できるよ」高瀬はにべもなかった。
“この会議は何だ。まるで俺を陥れる仕掛けのようではないか”平田は憮然とした。
“仕事を進めるには役割がある。それが職位であり組織であるはずだ。ならば課長は何をするのか。上から来る指示を下に伝えるだけのメッセンジャーか。係長は作業の一部分を受け持つだけのただのスタッフか。課長なり係長なりの職位を中心としたフォーメーションで予算編成作業を進めるべきではないのか”
このとき平田は、職位や肩書きと仕事の役割分担に疑問を感じた。
この予算編成での役割分担に職位や肩書きはまるで関係なかった。最も大変な役割がさも当然のように平田に振り向けられた。
職位とは何だ。どんな役割や権限や責任があるのか。そんなこともハッキリしない中で手当ては付いている。職位であるから資格ではない。平田の人事における最初の疑問であった。
現実として、その他のことについても高瀬はほとんどなにもしなかった。上から来る指示を部下に伝えるだけ。下から上がってくる仕事には漠然と批評するだけで、自分の思いや理念を具体的に仕事に反映させることはなかった。いや、そうした仕事に対する理想を持っていなかった。
結局、部門別要員推移の予測を鈴原が担当し、平田が基準内や基準外賃金、賞与、臨時員給与など賃金関係を算出し、それをベースに森山一哉が雇用保険や厚生年金などの法定福利費を算出することになった。
さらに、平田には厚生課や教育課から出てくる他の予算を人件費として総額を取りまとめなければならなかった。

それからの平田は、西山が残した前年度の予算のフロッピーを必死で読み解いた。予算が出来上がるまでのステップと予算額が算出されるロジックをフロッピーに入っている昨年度の計算式から読み解いた。西山が1人でやっていたらしく誰に聞いてもわからなかった。没頭しすぎて夜中までなることはしょっちゅうだった。最終バスはとっくに出ておりタクシーで帰らざるを得なかった。安月給の平田には堪えた。会社に泊まることもあった。機械の騒音を近所に配慮して夜10時には冷暖房システムが止まる。夏はいいが冬は寒くてとても耐えられなかった。守衛に毛布や電機ストーブを用意してもらってしのいだ。
そんな苦労をしながら必死で予算編成のロジックをなんとか理解した。
西山のロジックはこうだ。
項目ごとの平均単価×人数、という単純なものだった。男女は別々になっていたが職位ごとの区分はなかった。この仕組みを部門ごとの予測人数の推移で掛け合わされていた。
しかし、基準内賃金という一括りで計算されており、その平均単価に人数を掛け合わせているので誤差が大きかった。
基準内賃金にもたくさんの項目がある。基本給、役付手当、家族手当、技能手当など10項目近い。どんな人間が辞めるかのシュミレーションによっては誤差が出てくる。現実に毎年5%近い退職者が出るがそのほとんどは若い世代だ。それを平均値で算出していたのでは誤差が段々大きくなり説明がつかなくなる。そこまでする価値があるかどうかは別として、平田は職位別に算出するように計算式を改め、関連する人にもそのことを告げた。
それから1週間経ったが鈴原からは何の要員計画も出てこなかった。
締め切りは刻々と近づいている。この要員計画こそが全てのベースである。皆に焦りの色が漂い始めた。

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