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正常化とは

更新 2016.04.21 (作成 2006.12.05)

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第3章 動く 6.正常化とは

「そりゃ、リベートしかないでしょう」豊岡が、タイミング良く大きな声を張り上げた。
「なるほど。もしリベートだとしたら規模が大きければ大きいほどいいわけだ」河村は、豊岡の提案を増幅させた。犬猿の仲である政敵のダーティーイメージを印象付けようとの狙いが込められていた。
「大体、製造部は業者との癒着がひどすぎますよ。権限が一極集中しすぎているんです」豊岡は、なおも製造部を追求したくてしょうがないようだ。
後藤田は、事の重大さと根の深さに鎮痛な面持ちをしていた。それでなくても後藤田の目は鋭い。時として深い彫りの顔立ちから、猛禽が獲物を狙うような眼光を発する。
「それで、平田君はそのときどうしたの。阻止するために誰か人を頼もうとは思わなかったの」と、なんとか止める手立てがなかったのかどうかを尋ねた。
「いいえ。思いつきませんでした。誰に言ったらいいのかわかりませんでした。ただ、経理の野木課長にはお話ししました」
「そうか、それで新井さんが……」食い下がったんだと言いかけて後藤田は言葉を呑んだ。
「それだけで、悔しくなかったの」後藤田はなおも優しく尋ねた。その言葉の裏には、経営者の一員として自分への自戒の念も込もっていた。
「そりゃ、悔しいですよ。会社がダメになると思いましたもの。ですが、担当を外されたときは正直、“良かったー”と思いました。もし、私の企画で会社がおかしくなったら一生後悔するだろう、って。会社がおかしくなるのを止められない悔しさはありますが、それは俺のせいじゃない。むしろ、その企てから外されてホッとしたというのが正直な気持ちです」
「しかし、惜しかったね。もう少し積極的に誰かに訴えかけていてくれたら、もしかしたら阻止できたかもしれなかったのに。私や河村常務じゃだめだったのかな」
“野木―新井だけじゃなく、自分にもからくりをサゼッションしてくれていたら、もしかして連携プレーが成立していたかもしれない”と、製造部に押し切られたことを無念に思いながら尋ねた。
「当時、河村常務はまだおいでではなかったですし、専務にしても遠すぎてこれほど近しくお話できなかったじゃないですか。それに、どの役員を信じていいのかわかりません。今日の日が2年前にあれば良かったと思います」
平田は、“後藤田のところへ行こうと思えば行けないこともなかったであろうが、組織のルールに違反し、直訴に及ぶ姿を後藤田に見せきれなかったであろう。それほど身を捨てる覚悟で仕事に情熱を持ちきれていたのか。外されたときのホッとした心の緩み、あれが俺の限界か”と静かに反省した。
「大体、役員さんは社員から遠すぎます。一日中役員室に閉じこもるんではなく、もっと社員のところへ降りてきてください。例えば、昼飯も役員室まで秘書に運ばせるんではなく、食堂で一緒に食べましょうよ。たまにはブラッと来て、一緒にコーヒーを飲みましょうよ。そうしないと本当の情報は入らないでしょう。また、そうした行動がセクショナリズムな発想を牽制することができると思います」
平田は、選挙で信任され、後藤田のところへあいさつに行ったときの胸の高ぶりが今日は全くなく、淡々と話ができている自分が不思議だった。
しばらく重苦しい雰囲気に包まれた。
平田は、少し言い過ぎたかなと冷や汗を感じた。
誰もが、本当は後藤田や新井も含め役員会の不甲斐なさを心に思っていたが、今はそれを言うときではない。
「専務、これからの課題はこんな会社の状況をどうやって正常に戻すかです。会社と組合は立場が違います。はっきりと一線を画した上で対処していくつもりです。会社もお願いします」吉田は熱意を込めて力強く訴えた。
「うん。ただ、正常化するといっても役員会で決したことだからね。製造部の責任云々をあげつらってもどうにもなりません。今の赤字にしても、投資をすれば最初はどうしても償却負担がかさみます。販売が伸びれば吸収できるかもしれません。そうなったら、山陰工場が本当に不要なのかどうか、あるいは一時的な償却負担増なのか、まだ結論を出すのは早いのじゃないかな」後藤田はそう答えながら、
“正常化って、彼は一体何を考えているのだろう。山陰工場の閉鎖なのか、もしリベートが事実なら私利私欲にまみれた剛腹な役員の退任を言っているのか、それとも会社が黒転すれば正常化なのか。一線を画してとはどういうことを言っているのか、彼はどこまで本気で望んでいるのか。もっと彼を知る必要がありそうだ”と、真剣な眼差しで訴える組合幹部の真摯な気持ちだけをひしひしと受け止めていた。
「しかし、山陰工場の稼動は50%を切っているんですよ。逆送分を広島工場に戻せば十分対応可能です。山陰工場は要らないと思います」平田は、自分の仕事への自負がそう言わせた。
「事業というのはね、進出するのは容易い(たやす)が撤退は難しいんですよ。市や議会、商工会への根回し、人員の整理、資産の引き落とし、どれをとっても簡単じゃありません」
「しかし、専務はさっき『惜しかったね』と仰ったじゃないですか。ということはこの政策は失敗だったと認めておられるんでしょ」後藤田は話の流れで言ったつもりだったが、吉田は後藤田の言葉尻に食い込んだ。
「いや、まだハッキリと確信できないが、結果としてこのような状況になっているからね。もし、投資が失敗だとしたら役員全員の責任です。稟議書には全員印鑑を押しているのだからね」

役員会の議事録には、後日例えば株主代表訴訟のような問題が起きたとき、役員の責任を明確にするため全員が押印するようになっている。
もし、反対ならばその反対意見を添えて印鑑を押さなければならない。
とはいえ、役員といえども大勢に逆らって1人反対を表明するのは余程の信念を持ち合わせるか、大株主の後ろ盾でもないかぎり至難の業といえよう。

話は行き詰まり、重苦しい空気が漂った。
平田らは、全役員の中から後藤田や河村は外したいという思いがあったからだ。
「まあ、料理がまずくなるからこの話は今日はこれくらいにして、楽しくいこうよ。豊岡君、飲もう」と、河村が座を和らげた。
「スペインではな、意気投合した相手とはこうして飲むんだよ」と、豊岡の腕と自分の腕をお互いに交差させて、コップのビールを一気に飲み干した。
テーブルの上には食べたこともない美味しい料理が次から次へと出されている。しかし、上品なもので一品の量は少ない。平田は、珍しさと残したらもったいないという思いで全部平らげた。
後藤田と河村は場慣れしているらしく、
「お姉さんはどこの出身かい?美人だね。俺の好みだよ」などと、仲居をからかいながら料理を賞味した。
河村は体ががっしりと大きいだけあって、健啖家だ。よく飲みよく食べた。

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