ナビゲートのロゴ
ナビゲート通信は主な更新情報をお届けするメールマガジンです。ご登録はこちらから。

下記はページ内を移動するためのリンクです。

現在位置

 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.2-33

要求設定

更新 2016.04.19 (作成 2006.09.05)

| ←BACK | INDEX | NEXT→ |

第2章 雌伏のとき 33.要求設定

河村や後藤田が人気があるのは、やはり人柄の良さからであろう。何といっても仕事に対する真剣さである。一般社員は一生懸命仕事をしているのである。それなのに、上司が不真面目ではやりきれないではないか。おのずと同じ志の人のところに集まってくる。これが人柄であり、人格なのだろう。邪(よこしま)な心の持ち主はどこか見透かされており、敬遠される。
“品がないとはこんな人のことだな”と小田と浮田を等分に見ながら平田は思った。
宴会が終わりに近づいてきたころ、平田はもう一度河村に、
「常務、是非飲み会をしましょう」と強く念押しをした。
「ああ、是非やろう。専務のことは俺に任せとけ」
「お願いします。組合は私が話しておきます」
先ほどの嫌な気分を、もう忘れることができていた。嬉しい気分で宴会を後にした。

その翌日、年末一時金要求の執行部案を決定するための執行委員会が行われた。泊まりの者は宿に帰って続きをやったらしく、どの顔も眠そうな目をしていた。それぞれ、眠気覚ましにコーヒーを手にしている。平田はおかしかった。
「皆さん、昨日はお疲れ様でした。懇談会ということで、あいさつ代わりというかほんの顔合わせのようなものですので、十分言い尽くせないところもあって不満もあるでしょうが本番はこれからです。我々には生活が掛かっています。会社を建て直すといってもそう簡単じゃないし、性根を入れてやらんといかんと思います。どうかよろしくお願いします」と、吉田があいさつした。
最長老の長瀬が、
「もっとがんがんやってよかったんじゃないんかね」と、やはり物足りなさを感じたらしく不満を漏らした。
「それで何が残りますか。『今度の執行部は過激やな』と思われるだけで、かえって敬遠されるだけでしょう。そうなると警戒心ばかりが強くなって何を言っても通じなくなると思います。今私たちに大事なのは、会社を建て直すパートナーとしての信頼感を得ることです。今大事なのは、落ち着いた分別ある行動です。責任問題は時間が経てば自然と熟してきますよ」吉田はうっすらと笑いながら答えた。“慌てなくても大丈夫”と言わんばかりに余裕をうかがわせた。
「そうかね。俺はもっとやってよかったと思うんじゃけどね」と長瀬も諦め気味につぶやいた。それにはもう誰も答えなかった。
「それでは一時金の要求案について、賃金部長からたたき台を説明してもらいます」作田が続けた。
平田は、先日作田と打ち合わせしたとおり、背景や外部環境など、骨子を説明した。
「……ということを基本に要求額を審議してもらいたいと思います」
「まず、骨子の内容について議論していきましょう。ここが食い違っていては話が進みませんから。何か意見はありませんか」作田はうまく進行した。
2、3の質問をクリアし、額の設定に入った。額設定のところは空白になっている。みんなの意見を集約して設定するつもりだからである。
「賃金部長としてはどの程度を考えているんですか。それをたたき台にしましょうよ」と、長瀬が切り出した。
「ウーン、難しいんですが、固定部分が2.5カ月ありますので、清算部分としてはプラス1カ月くらいかなと思います。業績を勘案するととても要求できる状況ではありませんが、この業績を支えているのは組合員の頑張り以外の何物でもないと思います。特に今年は、業績が悪いのでプロモーションがやたら多かったわけです。それらをじっと耐えてやりこなしたのは組合員です。その頑張り分としてプラス1カ月くらいが妥当かなと思います」
「もし、通常の業績が出ていたとして、今年くらいのプロモーションをこなしたらどれくらいやろか」
「プロモーションの数というのは、係数と直接関連性を持っていないのでわかりませんが、業績との関連で過去の推移を見ると、通常の業績ならプラス1.5カ月くらいですかね」
「つまり、今年は赤字だから業績配分は0だけど、今の業績水準を維持しているのは組合員の頑張りがあったからで、その貢献度分が1カ月ということですか」長瀬が、自らも理解しようと念を押してきた。
「と、私は思います」平田はそう言って、長瀬ではなく作田の顔を見た。
「それでは、今の意見に対してこちら側から順番に聞いていきましょうか」作田は、すぐとなりに座っていた崎山志郎から意見を聞き始めた。
「大体そんなところでしょう」と、大多数の者が賛成意見であったが、営業現場から来ている者の中には、
「それはあくまでも要求であって、実際の妥結はもっと少なくなりますよね。私は、今年はこれだけ頑張ったんだから去年と同じくらい要求すべきだと思います」と、強気の意見も出た。
「要求と妥結は分けて考えるべきだと思います。要求を上げれば妥結額も増えるというものではありません。あくまでも、要求は組合の主張としてどれだけ正当性があるかということだと思います」と作田は答えた。作田は、既に妥結の落とし所を視野に入れているのだ。あまり高額な要求をしては終わるに終われなくなるからである。一時金交渉全体のシナリオを考えなければならない責任者としての立場から、大体の出口を思慮しているのだ。
「正当性は十分あると思います。そもそも業績が悪いのは会社の経営が拙いからであって、組合には責任はないじゃないですか。そしたら貢献度としてもっと要求していいのではないですか」
「一時金は業績の裏付けがあって勝ち取れるものだと思います。その業績は会社と組合員の努力とで作り出すものです。確かに会社の政策ミスはあると思いますが、それは組合の主張を通すために交渉の中で主張すべきものでしょう」
「一時金は賃金の後払いだと思うのですが、それだったら組合員がどれだけ頑張ったかで要求すべきだと思います」
「賃金部長としてその辺はどう考えますか」と作田は平田に振ってきた。
平田は、まだ賃金論としての一時金の性格付けについて明確に持論として確立したものを持っているわけではなかったが、賃金部長になってからにわかに勉強した浅学の知識から、
「そういう考えもありますが、私は賃金の後払いだけとは言えないのじゃないかと思います。現実にわが社の一時金や、世間の一時金の推移を見ても、業績によって変動しています。また、わが社もそうですが、年間協定というのがどこの会社にもあります。私は、賃金の後払いというのはこの年間協定部分がそれに当たるように思います」と、付け焼き刃は否めなかったが持てる知識いっぱいいっぱいの見解を披瀝した。

「正気堂々」についてご意見をお聞かせください

▲このページの先頭へ

お問い合わせ・ご連絡先
Copyright © 1999 - Navigate, Inc. All Rights Reserved.