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独立変数

更新 2016.04.01 (作成 2005.07.05)

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第1章 転機 16.独立変数

「常務、ちょっとよろしいですか。山陰工場のメリット計算ができましたのでご説明したいのですが」山本が切り出した。
「おう、できたかね。待っとったよ」
平田は、山本と一緒に浮田のデスクの前に立ち一通りの資料を浮田のほうへ向きをそろえて提出した。
「平田君、説明してくれ」山本は平田に振ってきた。
浮田が納得しないであろうことを見越しているのか、直接自分が矢面に立ちたくないふうである。
仕方なく自分で説明することにした。もっとも、自分が説明するほうが要領を得るだろうと思っている。
「まず、結論から申しますと初年度は10億円の赤字になります。その後も赤字は解消いたしません」
浮田は、面白くない顔をして聞いている。
「それでは、具体的な設定から説明いたします。まず出荷数ですが、距離が一番近い出荷となるようエリアを選定いたしまして……」
昨日、山本に話したのとほぼ同じ内容を説明した。
「最後に、このような結果となる背景を考えますと一つは販売数がまだ小さいことと、それに対し工場の規模が大きすぎることが考えられます。償却費で約5億、これが製造原価を押し上げますし、金利の7億5千万がメリット計算に大きく影響しております。 損益計算だけを見ますと、この負担だけでほぼ赤字のすべてという結果になります」
浮田は、説明が終わるまで黙って聞いていた。時折、ポイントとなる個所にマークしたりメモを入れている。
説明が終わった後もしばらく考え込んでいたが、
「原価が上がったら移受管価格も上げるのが当たり前じゃないのかね」
「外部環境が大きく変わったり、何か特殊要因でもあればそうでしょうが、今回のメリット計算ではそれは何の意味も成さないと思います。仕切り価格の変更は、ディーラーさんへの卸価格が上げられないので工場で利益が出ればその分営業が減益になりますから、全社的見地で考えますと同じであります」
「しかし、これじゃ工場を造らんほうがいいということじゃないかね」
「そうですね。この規模だったらそういう結果になります。もう少しコンパクトにするとか、時期を遅らせるとか、何か別の手立てが要るかと考えます」
「それじゃ、だめよ。俺が工場を造りたいと言っているのだから、造れるような計算してくれんといかんじゃないか」
「しかし、かなり厳密に計算したつもりですしどう見ても採算は合わないと思います。つまり、まだ時期尚早かと」
「原材料の単価が高すぎるのと違うのかね。砂糖なんか相場なんだから、もっと安いときに大量に購入するとかすれば単価が下がるだろう」
「しかし、それは山陰に工場を造るメリット計算と直接関係はないと思います。造る造らないにかかわらず単価の引き下げは努力すべき問題で、単価は独自の変数だと思いますが」
「そんなことはわかっちょるよ。しかし、それで利益が出ればいいじゃないか」
「……」
またまた、変な論理構成を持ち出してきた。
利益が出るのではない。単にねつ造しているだけではないか。
平田は、どう説明したらいいのかとあきれてしまう。
「この人はいったい何を考えているのだろう。本気で会社のことを考えているのだろうか。常務という立場をどう考えているのだろう。会社全体を経営するといった志はないのか。無責任極まりない」
侮蔑の思いを投げつける代わりに、胸の内で歯ぎしりした。
製造部内でも、浮田の言うことを本気で聞く者はほとんどいない。表面上、彼の持つカリスマ性に恭順の姿勢を示しているが、飲みの席などにおいては皆本心が見え隠れする。面従腹背である。
ただ、磯崎だけは別であった。自ら側近ナンバーワンを公言してはばからないし、事実、そうした行動を臆面もなく実行している。本心はわからないが、浮田の前では直立不動の構えを崩さないし言葉遣いも鼻白むほどバカ丁寧で、歯の浮くようなおべっかも平気である。
自らの信念やポリシーも、恥も外聞もなくかなぐり捨て、浮田の言うことなら例え白が黒であろうともイエスのポーズを崩さない。そのくせ部下に対しては殊更尊大な態度をとっている。日ごろから部下たちが、自分の態度に“鼻持ちならないヤツ”と思っていることを感じているから虚勢を張らざるを得ないのだ。
これが課長のすることかと思うのだが、本人は至って平気である。
平田は、こんな人間が羨ましい。自分にはできない芸当だからである。
自分もこれくらいの厚顔を持ち合わせていたら、それで生きていけるのなら、どれほど楽だろうと思う。
人間、恥とプライドを捨てればこれほど強いものはない。
親兄弟に恥をかかせてはいけないと思うから正しく生きようと思う。
友達や同僚に惨めな姿を見せたくないと思えばこそ、プライドを持って生きられる。
しかし、これを捨て去れば怖いものは何もない。ゴマすりだろうが、不正取引だろうが何だってできる。
目上の人や高齢者に対して礼儀やマナーを守るのは、人として当然であるが、ただ、周りの人たちが一般的に行っている以上に殊更バカ丁寧にすることは、諂い(へつらい)になる。
そんなことに神経を使う暇があるならもっと真剣に仕事に取り組んだらいいと思う。仕事でフェアに勝負してほしいものである。
しかし、このことは人それぞれのアイデンティティーであるから、他人がとやかく言っても決してわからないであろう。
人への信頼と尊敬を大事にするか、上司への諂い(へつらい)をとるか。人は見ている。
そこまでしても、出世したければすればいい。それも人生である。

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