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1回目の計算

更新 2016.04.01 (作成 2005.06.24)

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第1章 転機 15.1回目の計算

平田の担当業務は工場の運営管理に関する全般である。日々の生産性や稼動状況、原材料の単位当たり歩留まりなど、4工場全般の運営状況を把握し、製造部内や工場へ定期的にフィードバックするのである。
異常値については、工場長や担当の課長たちと原因や対策などを究明し、コメントするのである。
4、5年前から、製品ごとの原価計算や工場ごとの損益計算なども製造部で作成できるようにシステム化していった。それによって稼動状況や人員の雇用状況、投資の過多といったさまざまな要因が与える損益への影響度合いなど、次第にわかるようになっていった。もちろんそれらの結果も工場へフィードバックした。
平田が製造部に配属になったころはこういう管理資料がほとんどなかった。経理が決算をするための伝票会計システムがあるだけであった。
システムといっても、今のようにメインコンピューターとパソコンがネットワークにつながっているわけではない。物や金が動くとそのたびに伝票を起票し、それが経理に集約され勘定科目ごとに集計されるといった、原始的な伝票会計の仕組みがあるだけである。
それまでの製造部のメイン業務は、工場を建設したり、機械のメンテナンスや品質管理の総まとめをやったりと、技術的な仕事が主であった。工場全般の管理運営まで行うようになったのは、平田が製造部に来てからである。
「自分たちが作ったものがいくらでできたのかもわからんようでは、工場運営ができないでしょう」
「経理は、年に1回総合原価を出すだけでかなり遅いしな。それに工場別がわからない」
「工場管理のシステムを作りましょうよ」
「まずは、原材料の単位当たりの製品出来高や歩留まり関係、工場の稼動状況や運転率といった効率の関係、それと原価や損益などの財務・経理関係、大きくこの3つに分けて整理していこう」
こうして平田は山本と相談しながら、運営上必要な仕組みを作っていった。
これらの管理指標を日報、月報、年報とに分類し、出来高や効率の関係は日報から、財務・経理関係は月報で作成することにした。
しかし、基本的仕組みがないから簡単にはできない。これらを構成する現場の基礎データを収集する仕組みから作らなくてはならない。いくら投入し、いくら稼動し、いくらできたかといった原始データを収集する仕組み、今で言う「データベースの情報網」をペーパーで作るのである。
試行錯誤はあったが、工場管理の原型ができ上がった。それによって、工場の状況が一目瞭然に把握できるようになり、運営は画期的に変化した。
特に、予算の立て方は精度が飛躍的に向上した。それまでは「対前年度比○%UP」などと、どんぶりでやっていたものが、
「この歩留まりをコンマ1上げると、いくらの節約ができるだろう」とか、
「運転率を○%にすると、残業を何時間減らせる」とか、具体的施策に結びつく予算設定ができるようになった。
最後になったが、工場ごと、製品ごとの製造原価も把握できるようになった。それをベースに営業への移受管価格を決め、工場にも売り上げを立て、損益計算ができるようになったのである。
当初は、製造部内だけで管理のための参考資料として作っていたのであるが、次第に全社的に知れるようになり経理を含めて正式に移受管価格が決められた。そのため、工場の損益業績にも一定の評価がなされるようになっていった。

4工場の損益計算をやっていると、どれくらいの稼動や製造数で採算が取れるか大体わかるようになる。平田が「これじゃ採算があわないと思いますよ」と言ったのも、山陰市場のキャパシティーからして、新工場の規模が大きすぎると感じ取ったからである。
「まあ、きちんと計算して出せばハッキリするじゃろう」平田は、厳密に計算することにした。
まず、山陰工場から最も効率のいい出荷数量の設定からである。
建設予定地を中心に、最も輸送費が安くなる営業所を選定し、出荷数量を設定する。その分、山陽側の工場の出荷数は減るから、マイナス要因としてカウントする。
出荷数から工場部門の売り上げ額を計算する。営業所から顧客に売る分にはどこから仕入れても変化はないから、全社的売上高は変わらない。
販売の伸び率だけが影響した。
次に、生産数に応じた原材料費、光熱費、人件費、経費、付帯費、輸送費等を算出する。償却費は内部留保であるから損益計算や製造原価の算出には算入するが、メリット計算からは除外する。
つまり、キャッシュの出入りそのものを計算するやり方である。
今で言うところの「フリーキャッシュフロー」に近い計算方法である。
中国食品では、これを「メリット計算」と呼んでいた。
元はと言えば平田が工場の設備投資案件用に考案したものであるが、次第に社内で一つのスタイルとして認知されはじめていた。
これを工場の視点のみで計算するのでなく、全社的視点で算出するのである。会社全体としてどれくらいのメリットがあるかをはじくのである。

第1回目の計算ができ上がった。10億円近い赤字である。
まず山本に説明し、浮田へはその後にしようと思った。
「とてもじゃありませんがダメですよ」
「俺も、そうだろうと思うよ。出荷数をどう見たかね」
「山陰工場と山陽側工場とを比較して、近いほうの営業所をエリアにしました」
「伸び率はどう見たかね」
「年率4.5%の伸びを見たんですが、それでも多いくらいですよ。そろそろ伸びも鈍化してきていますから甘いと言われるかもしれません」
「物価上昇も落ち着いてきたからな。今値上げもできないしな」
「いつから稼働するかわかりませんので、最初からフル稼働で計算しているため、初年度が一番赤字が膨らみます」
「しかし、10億とはひどいね」
山本は、“どうしようもない”といった面持ちで、はき捨てるように言った。
「そりゃ、規模が大きすぎますよ。投資額が100億でしょう。半分でもどうかと思うくらいですよ。金利負担だけでも4億5千万ですから」
「わかった。今日1日見させてもらって、明日常務に説明しよう」

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