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もったいない

更新 2015.11.25(作成 2015.11.25)

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第7章 新生 79.もったいない

「それで合併のほうはどうなんですか」
藤井の興味はもっぱら合併のほうだった。
それもそうだろう。一般人には最も馴染みのないところである。企業の中心的実務担当者かM&Aを手掛けるコンサルタントくらいしか通常関わり合えないところだ。藤井も人事のコンサルタントをしているが、合併後の制度整備の経験はあるが制度の統合にはまだ直接関わったことはない。平田の話は大いに興味をそそられる。スキルアップのためにも是非聞いておきたいところだ。
制度の統合という作業は平たく言えば労働条件の均しである。ある意味組合との労働条件の交渉に似ている。
「企業風土が違いすぎます。あちらさんは上位下達の封建社会で、体育会系組織です。その点わが社は自由闊達で民主的、開放的でしょう。全く反りが合いません」
「社員の人全員がそうなんですか」
「いえ、中にはというか、大半の社員はやっぱりわが社のようになりたいと思っています。早く合併して会社を変えてくれって言う人もいます。しかし、そのことを社内で口に出せないことが問題なのです。また言えない風土の会社ですから変わりようがありません」
「それは深刻ですね」
「そうなんです。統合の話も肝心な具体的話になると貝のように黙り込むんです。全く進んでいないんですよ」
「それでいいんですか」
「知りません。いいんでしょう」
「へーっ」
藤井は呆れた返事をした。
「それでもう辞めようかなと思いよるんよ」
「平田さんがですか」
「うん。どう思う」
「ウーン。辞めてもいいんですか。西日本フーズを変えなくていいんですか」
「私が新入社員なら会社とはこんなものかと柔軟に受け入れることもできたでしょうが、この齢になるともう考えを変えることなんてできません。逆に相手の欠点や瑕疵ばかりが目について畏敬の念がまるきり湧かないんです。会社を変えようと思ったらそれだけの力をつけなければ出来ないですよね。今まではいろんな人が支えてくれましたから多少なりとも会社を動かすことができましたけど、これからは近畿フーズの専務がその気にならないと統合はけっして成立しないでしょう」
「それはできないんですか。その人に食い込むことは」
「それはできませんよ。お互いの役員同士が敬遠し合っているのに私が諂うわけにいきません。もちろん相手からも周波が来るわけがありません。それに私は新田専務への信義からもそれは死んでもできません」
「それもそうですね。でも中には平気で向こうの役員に取り入ろうとする人もいるんじゃないですか」
「そりゃあ、易幟する人間はいるでしょう。出世をしたいと思うのは人間の常ですから。いずれ会社運営のイニシアティブは近畿フーズに移るでしょうからそこに取り入ろうとする人間は多いと思いますよ」
「それじゃ平田さんもそうしようとは考えないんですか」
「私にはできません。これは生き方の問題です。そこまでして生き延びるより他所に行ったほうが私はいい。それに私みたいな者は新会社で生きる場所があるかどうかもわかりません」
「まあ、それはないでしょうが嫌な思いをして気の進まない仕事をしながらこれから長い人生を送るよりはいいでしょうね」
「やっぱりそう思いますか」
「もったいないです。これから最も充実する時期に嫌な気持ちで人生を過ごさなければならないなんて残念でしょうがない」
そう言えば2年前、セカンドライフ支援制度の募集を掛けたとき営業所の係長から相談を受けて、自分も同じことを言ったことを思い出した。
“その自分が迷ってどうする”平田はそう考えた。
「私の個人的には、平田さんがお辞めになったら中国食品との繋がりがなくなるので売り上げ的には少しダメージがあるかもしれません。でもまあ、その分他社にアプローチすればいいのでそうでもないかな。逆に他社さんはこれほど厳しい要求をしてこられませんからある意味楽になるかもしれません」
そう言いながら藤井は「フフフ」と小さく笑ったが、そんな言葉の陰で平田と仕事ができなくなることに一抹の淋しさを感じていた。
「それで辞めてどうするんですか」
「別に決めていませんが、どうにかなると思っています」
「子供さんはまだ学校でしょ」
「上の子は就職しました。下の子はあと2年あるんですが、奨学金ももらっていますしどうにかなるでしょう」
「そうですね。平田さんほどの人ならどこでもあるでしょうね。うちにもう少し財務的に余裕があれば来てほしいところですが、まだ平田さんを抱える程の余力がありません。将来そうなったときのためにもう少し力を温存しておいて下さい」
そう言って藤井は苦笑いを浮かべた。
「はい、ありがとうございます。そうしておきましょう」
平田も笑い返した。

平田は藤井が同じ考えをしていたことで自信を深めた。

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