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信託銀行

更新 2016.06.27(作成 2015.03.13)

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第7章 新生 54.信託銀行

組合は概ね了承してくれたが、平田にはしなければならないことが山ほどあった。
まず役員会の資料作り。それには社内規定の改定案が伴う。それに新制度案の財政再計算をはじき、整理して添付しなければならない。
年金受託幹事会社であるF信託銀行には、これまでに2回ほど給付債務の再計算を頼んでいるが今度は最終案として、給付現価や過去勤務債務、掛け金や責任準備金など全ての項目の計算を頼まなくてはならない。そのたびに費用がかさむが、そこは交渉だ。平田はその都度少しでも安く経費が抑えられるよう交渉した。
計算の手数料は銀行内部に一応の基準はあるものの、営業マンが上司の了解を得ることでアロアンスはあるようで、そこに平田が食いつく。
手数料収入を当て込む信託銀行はそんな平田を嫌がったが、幹事会社の彼らに対し平田はすんなりと払う気にはなれなかった。
厚生省への認可申請の準備もある。関係会社の制度構築の後押しもある。新退職金・年金の関係会社への根回しと、セカンドライフの関係会社版の構築の推進などもやらなければならない。
そんなことをこなしながら新田から降りてきたテーマを解決するために、金融機関とのネゴシエーションも並行的に進めなければならない。
電話してから5日後、最初に打合せしたのはF信託銀行だった。年金の幹事会社である。やはりここを後回しにはできない。次にメインバンクであるF銀行。次は地場最大手のH銀行、ここはバブル崩壊で役員が個人的株式投資の失敗で作った借金の保証人になって苦しんでいた社員を、樋口が当行の頭取と掛け合って銀行の不良債権処理オペレーションに紛れ込ませて借金を棒引きにしてもらった経緯があるところだ。
F信託銀行の担当者は梶原といって40才くらいのベテランだ。
「梶原さん、この案で最後の再計算をお願いします」
「またですか」
梶原はうんざりした顔であからさまに嫌がった。
「やるのはやりますが、本当にこれで最後にしてくださいよ」
平田はそんな彼らの鼻持ちならない態度にムカッときた。主客転倒だ。
“それをやるのが幹事会社の役目だろう。最後にするかどうかは俺が決める。金だって払ってるんだ。嫌なら降りろよ”と言いたかったが、彼らを怒らせては仕事が進まぬ。グッと腹の虫を押し殺した。
それにしても、大手金融機関の担当者の慢心を垣間見る思いだった。膨大な不良債権の山を築き、国から莫大な公的資金を受け入れていることなど忘れてしまっているかのようだ。自分たちこそが日本の経済を背負っているといいたげな驕りがあり、地方の中小企業なんかにべもない扱いをする事が時としてあった。
ただ、彼らには彼らの嫌がる理由もあった。
不況に陥った日本経済の中で、年功的人事制度の持続に耐えられなくなった企業は、人事労務部門を活性化する目的で成果主義や実力主義の人事制度へ改めることが一つの潮流となった。それが一段落済むと今度は退職金や年金の見直し機運が盛り上がってきた。特に年金制度は金利の低下と株や債券の低下で予定していた運用利回りが出なくなったばかりでなく、元本部分までも割り込んでしまう状況が続き、決算のたびに親企業は追加の拠出金を要求された。中小企業の年金は制度維持すら難しくなり、代行部分を国へ制度返還したり解散するところが続出した。

2015年3月1日の日経新聞によると、2000年を境にこの傾向は顕著になり、基金の数が2014年までに2001年の3分1の471基金にまで減少しているそうだ。しかもそのうちの8割近い368基金がすでにやめる方針を決定しているそうである。

基金の存続を脅かしているのはそればかりではない。この不足部分を企業会計の貸借対照表上に企業の債務として認識するような新会計基準の導入に向けて法改正が進んでいるのだ。企業がこれほど苦しんでいるときにそんな法改正なんかしなくてもと思われるが、これはグローバル化した経済環境下、海外投資家が要求するグローバルスタンダードであり、時代の趨勢だ。
企業年金を預かる信託銀行は、運用収益のマイナス結果の報告と追加掛け金の説明に追われる一方、企業が年金の見直しをやるたびにそのシミュレーションのための財政再計算に追われた。受託会社の多い大手信託ほどそれは顕著で、F信託銀行も例外ではなくてんてこ舞いの状況で、新たなシミュレーションをとても嫌がった。
一般的にどこの会社にも電算機部門があるが、信託銀行は年金受託部門自体に電算のSE部隊を抱えていて、一般業務の電算部門とは切り離してある。
それは年金業務のシステムは膨大な仕組みであり、クライアント企業の要求を電算の一般業務の合間にこなせるほど簡単なものではないこと。それに年金の受託は信託銀行にとってコアビジネスであり、その管理手数料で食っている手前、1社当たり何十億、何百億と顧客企業から預かった資産を少しでも毀損したり齟齬を来したら大問題だ。責任を負いかねない。しかも各企業ごとに制度が異なる。それに部門外の電算だといざというとき自由にコントロールが利かないことなどからである。
一般の電算業務とは思想面の違いもある。一般の電算業務は経理や人事などと内向きで振り返りの業務システムだ。顧客企業のニーズと向き合い未来型の攻めの運用を行う年金信託部とはそもそも思想からして違う。
そんな理由から年金受託部門は独自のSEを抱えていた。その数は百数十名、多いところは300名以上いるところもある。
主な業務は顧客企業から預かった資産の運用と管理だ。年金制度は、アセットマネジメントといって、国内、海外の株式や債券、預金などにそれぞれ資産の運用割合が予め決められている。それは各企業の年金の理事会が、自年金の加入員状況や財務の実情に照らし経済環境を考え、適正な予定利率を稼ぎ出すようにリスクとリターンを考えてベストなポートフォリオを決めるのである。
信託銀行はその割合に応じて預かっている資産と、毎月入ってくる掛け金を適正に配分し投資していくのである。刻々と変化する環境変化に応じて資産の配分を変えていかなければならない。そして最後には、投資した資産ごとの運用成績を決算期にまとめて報告するのだ。
また、毎月変化する年金支給業務も正確に個人口座に振り込まなくてはならない。そのための資金管理も疎かにできない。
そんな業務の合間にこうした年金の財政再計算が入ってくる。しかも各社ごとに制度は異なり同じ制度はない。それが最近はやけに多い。そのたびに計算システムを変えねばならず、SEたちが悲鳴をあげているのだ。営業担当者は、顧客企業と彼らとの板挟みになり、再三に渡って財政計算を言ってくる平田みたいな相手を敬遠した。

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