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この人と決めた

更新 2016.06.03(作成 2012.04.13)

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第6章 正気堂々 42. この人と決めた

環境分析はプロジェクトメンバーに分担してジャンルごとに洗い出してもらっている。
メンバーが導き出した環境分析からはこんなキーワードが浮かび上がってきた。向こう4、5年から7、8年の近未来だ。

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「もう少し長期の10年くらいのタームで考えなくてもいいのですか」
「これほど変化の振れ幅が大きい時代にそんなに長く考えてもそのとおりになるとは限りません。確実に足元を踏みしめながら行くことが大事でしょう。どうせ2、3年したらメンテナンスが必要になるし、5、6年でモデルチェンジ、7、8年もしたらもう一度リニューアルが必用になります。もし予測どおりに世の中が動いたらそのまま延長すればいいじゃないですか」
そんな議論を踏まえての結論である。
『グローバル化し、ボーダレス社会になって競争は激化する。少子高齢化で良質な労働力が不足すると同時に消費性向も高齢者向けが主流になってくることを示唆している。性的差別がなくなり、個人が尊重され、男女とも実力や能力を活かされる環境を望む。ポスト不足は否めず、若者は年功的にポストが降りてくるのを待てず、労働意欲は低下する。年令や先輩後輩の垣根を越えた実力重視の処遇方式』
そんな社会の到来を予言していた。

この予測は概ね当たった。21世紀に入りほぼこんな社会が到来している。一つだけ大きく読みが外れているのは、グローバル化、ボーダレス社会の到来が物やサービズだけに留まらず労働力にまで及んでいることである。今や大手企業の中には、採用の半数が外国人という会社も現れる時代が到来し、グローバルな素養をもった人材を求めている。競争がグローバル化したのであるからごく自然な成り行きではあるが。

性差別がなくなるということは、これまでどちらかというと女性は補助的業務しか与えられず、賃金も女性賃金が当てはめられコスト抑制の最大要素だったが、これからはそれが許されないということだ。言い方を変えれば、男性だからといって女性と同じ仕事しかしないのであれば女性と同じ賃金を払えばいいということになる。こう言えば女性軽視に誤解されそうだが、そうではなくて男女に関わらず仕事の価値に見合う賃金にすることが公平で合理的ということではないか。男性だからと高い賃金をもらう客観性がなくなってきた。
ポストにしても、男性だけが年功的に役職に付き生涯独占するいわれはなくなった。実力次第で女性にも明け渡さなければならなくなり、ポスト争奪競争はますます厳しくなる。しかし、ポストを追われる高齢者も遊ばせるわけにはいかない。彼らを活用する新たな仕掛けも必要だ。結局、男性陣だけに限らず女性も若手も中高年も、社員のやる気を鼓舞する新しい仕掛けが必要だ。
環境分析からはそんな課題が浮かび上がってきた。
世の中がこう変化するのであれば、もはや成果主義人事制度しかないではないか。平田は早く制度設計に走りたかった。だが、藤井は手綱を緩めない。
「これらは単なる社会現象を表わすキーワードにすぎません。これらがわが社にどんな影響を、本当に与えるのか。そんなことも検証しないで制度設計なんてできません」
藤井の指摘はいちいちもっともで厳しい。
「それじゃ、こうした環境変化の中で人事に与えられる課題は何でしょうか」
藤井は、それらが絞り込めていますかとみんなの顔をのぞき込んだ。
「これらの環境変化が、わが社に及ぼすインパクトは何か。そこから、“だからこうしなくてはいけない”というものをあぶり出し課題に絞り上げていきましょう」
藤井は次々と作業と考察を課してきた。しかし、自らは決して口出しすることはなく、考える手順と、ヒントやそれを導き出しやすいワークシートを提供して前さばきをするだけである。
【環境の変化 → わが社へ与えるインパクト → わが社の課題】とワークシートは展開してあった。
そのレクチャーに従ってワーキングチームは自らの手で考え、課題を練り上げていく。それを繰り返していくうちに、自分たちが作っているという手応えが生まれてくる。
ワークチームは再び議論を始めた。目的は課題の絞り込みだ。そして絞り込まれた課題がこれだ。

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一方で平田は、以前から持ち続けている「公平な制度の構築」という強い思いを抱いていた。しかし未だその解決の糸口をはっきりと見い出せないでいる。
「公平」とは何が公平で、何が「不公平」なのか、整理すらつけられずただ矛盾と問題点だけが平田の脳裏を駆け巡っていた。
しかしそれでも、賃金と資格、ポストについては実力に応じて割り付ければいいという漠とした解を持っていた。実力を何で測るかは別にして、それができれば実力に応じた公平感はある部分では出せるだろう。
だが視点を変えて見たとき、やはり何も解決しないままである。
例えば賃金:
・働きや成果、努力に対して公平か
・フローで公平か、ストックで公平か
・学歴や男女間で公平か
・転勤する、しないで公平か
・受け持つ仕事で公平か。例えば肉体的と頭脳的で同じでいいか
・勤務場所や職種で公平か
・資格や役職で公平か
・責任の軽重で公平か

このたびの制度の見直しでは、これらの問題点に何らかの答えを出さなければならない。
他にも、正しい人が正しく評価され、処遇されるための人事改革も緒についたばかりで、新しい人事制度を軸に完成の領域に近づけなければならない。
そんなことを考えると早く制度設計に入りたかった。
「ダメです。そんな拙速では必ず行き詰まります」
「なぜですか。制度設計さえしっかりしておけば大丈夫でしょう」
「平田さんは、なぜ私と組もうとされたんですか」
それは信頼しているからに他ならないが、「なぜ」と問われると阿るようで言いよどんだ。
「いいですか。そんなやり方は他のコンサルと同じです。既成制度の決め打ちにすぎません。それを人事自らが地でいくようなものじゃないですか。それで本当にいい人事が出来るんですか」
藤井はこれまで数多くの制度設計に関わってきた。どこが制度設計のポイントか、どこを丁寧に力を入れなければならないか、制度構築の要諦は身体に染み付いている。肝心なところを手抜きしたり、やり方を間違えたばかりに途中で行き詰まったり、運用につまずいたり、数年も経たないうちに見直しを余儀なくされたり、そんな例を嫌というほど見てきている。それを思うと、ここは絶対に譲れなかった。そしてその胸中には、平田と最初に出会ったときの“いい人事にしたい”という平田の強い思いに引かれ、制度ではなく人事に魅せられた自分も一緒に成長したいという願望があった。そしてこの制度改革こそがその軌道そのものなのである。何としても平田の企てを成功させてやりたい。ここはその大事な基礎固めだ。結局今やっている作業こそが、平田の描いている夢の人事へのサクセスロードなのだが平田は先ばかり急ぐ。
平田は、ここまで声高に言う藤井を見たことがなかった。その口調にはこのプロジェクトを絶対成功させるのだという強い意志がこもっていた。
「それじゃ、成果主義ってどんな制度ですか。成果主義で何が解決しますか。やたらドラスティックな賃金制度を導入するだけで、それで全て終わりですか。人材育成とかやり甲斐とか解決しますか。個性とか人間性の尊重とか無視したような制度がこの会社に受け入れられるでしょうか。経営や社員のニーズはどこにありますか。事業からのニーズはどうですか。まだまだ詰めなきゃいけない論点がいっぱいあります。ここの論議を置き去りにした制度設計は現実からかけ離れるだけで、会社の問題は何一つ解決しません。ここの議論をしっかりとやりとげた制度がいい制度になるんです」
藤井には、ここを曲げたら何のためのコンサルかわからない、絶対譲れない一線である。
「なるほど、そうですか」
藤井のあまりの真剣さに気圧され、平田はそれ以上の言葉を失った。そして、
「よし。この人と決めたんだ。やるだけやってみよう。遅れたり、失敗したりしたら俺が首になるだけだ。その覚悟はとうに出来ていたはずじゃないか。今更何を慌てる必用がある」
そう覚悟した。

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