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不思議の箱

更新 2016.05.30(作成 2012.02.24)

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第6章 正気堂々 37. 不思議の箱

パソコンの世界が随分と変わってきた。Windowsが普及し、アプリケーションもワードやエクセルと使いやすいソフトが次々に現れ、仕事の効率やドキュメンテーションが格段に向上した。
その反面、IT革命についていけない中高年のもがき苦しむ姿が社会のあちこちで見られるようになった。彼らの悲劇はパソコンの仕組みが理解できないことと、アナログからデジタルな仕組みへの思考転換の困難さにあった。クリック一つで動く機械のパフォーマンスは不思議の世界である。
新聞やテレビでは、パソコンに馴染めない東京のビジネスマンが自費で会社帰りにパソコン教室に通う姿が毎日のように報道される。そのほとんどが中高年の管理職だ。会社のIT化のスピードに自分のスキルも合わせていかないと仕事にならない。特に大企業やグローバル企業ほど情報革命には敏感で進化も早い。会社も研修や講習を施してはいるが、大勢の社員一人ひとりに目配りし訓練している暇と余裕はない。優秀な社員を採用し、高給も払っている。それくらいの自己改革は自分で出来るだろう。アフターフォローの自己改革は自分でやれ、というのが会社の主張のようだ。大企業ほどそこら辺はドライだ。
自立といえばカッコいいが、お座なりな業務指導で中高年が理解できるほどパソコンの進化速度は優しくない。いきなり数世代を飛び越えた新しい機能が目の前に現れ、理解しようとすればするほど“なぜ”という不思議が湧いてくる。魔法の箱を前にたじろぐ彼らの悲鳴が伝わってくる。
IT化という化け物に対峙して企業も社員もサバイバルだ。そんな危機意識が彼らをパソコン教室へと突き動かしていった。
幸い平田は、荻野たちと親交があったため比較的易しくIT化に馴染むことができた。荻野たちは「これからはこんなパソコンが出来ますよ」とか、「今度の新システムはこんなシステムになっています」とか、平田に最新の情報をインプットしてきた。そのことが平田に来るべきパソコン時代への心構えや準備をさせてくれた。
平田のパソコン技術の習熟度は中高年の中ではトップクラスだったが、それでも平田にはある種の焦りがあった。東京の現象は1〜2年遅れて広島にもやってくるのがこれまでのアノマリーだ。すでに中国食品でも若い社員たちの間に自分でパソコンを購入し、家で技術の修得に励んだり仕事をしてそのまま会社に持ち込むスマートさが、いわば最新のワークスタイルとして流行りだしたからである。
「このままでは置いていかれる。付いていかなければ」
平田は自分でもパソコンを購入することにした。普及し始めたばかりで価格も給料の1カ月分を軽く超えた。独身と違って自由になる金はそんなにないが、会社で生き残るためにはどうしても必要だと、妻に無理を頼んで購入した。中高年の中では開発室の課長と電算室の室長に続いて3番目のようだ。
パソコンは基礎を習えば、後は自分で弄りながら馴染むしかない。平田は家ではパソコンに触る時間はあまりないが、文章作成やプレゼン資料の作成は、データをフロッピーで持ち帰り家でするようにした。
こうした取り組みで、パソコンとは何が得意で何が苦手か、どんな活用をするべきかなど、その特性が理解できた。逆にホストと結べばどうなるか、LANケーブルの向こうのホストはどうあるべきか、人事情報システムの構想も膨らんでいった。何でも経験である。こうした準備が人事システムのあり方や人事制度構築にも大いに役に立った。
会社は、ハード、ソフト合わせ数十億の情報化への投資により新しい電算システムへ移行した。主な社員の机には1台ずつパソコンが置かれ、業務処理はLANで結ばれ情報化への対応は飛躍的に進歩した。
樋口は、こうした時代の到来を先見していたのだろう。電算化による業務の効率化と内容の高度化、正確化が競争に勝つためには不可欠だと考え、思い切った投資に踏み切った。
若手を中心とした個人の取り組みもこうした会社の政策に呼応するように益々進み、中国食品のIT化は飛躍的に進展していった。
特筆すべきは各人の机に置かれたパソコンには数種類のゲームソフトが入れられたことである。
このことについて「会社のシステムなのになぜ」という疑問が平田にあったが、荻野はこう説明した。
「パソコンは飛躍的に進歩しています。一方でIT化に馴染めない中高年者が多く、システムの足を引っ張っているのも事実です。これは馴染んでもらうしか手がありません。それにはまず、パソコンの前に座ってもらって面白さを体感してもらうしかないんです。ゲームをやりながらパソコンの特性と楽しさを体験してもらおうと思って入れました」
ここが荻野の凄さであり、会社の懐の深さだろう。会社は研修センターにもパソコン数台を設置し、業務システムのみならず分析手法やドキュメンテーション技術の研修を積極的に行った。専属のインストラクターも3人配置し、常時各部署を巡回させ電話での問いかけにも駆けつけた。それでも中高年管理職の技術修得の個人差は如何ともしがたかった。もはやセンスの問題であろう。
こうしたIT化は、会社のビジネススタイルを大きく変えていくことになる。

時短への取り組みは組合もメンバーに含めた委員会が発足し、足の長い取り組みになってきた。議論も活発になってきた。
「一体、時短の目的は何なのだ。残業を減らすだけが目的なら単なる人件費減らしになってしまうではないか」
「そうじゃない。効率よく仕事をして人間らしい生活と自己啓発しましょうということです」
「それじゃ残業だけをターゲットにするんじゃなくて、総労働時間の視点からも考えなければいけないでしょう。有給休暇の消化率は一向に進まないじゃないですか」
組合の立場からするともっともな意見である。
「人間らしさへの回帰」それが合言葉になった。

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