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不毛の団交

更新 2008.07.25(作成 2008.07.25)

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第4章 道程 9. 不毛の団交

次の団交は週末の25日に行われた。浮田を引っ張り出しての団交である。
「浮田常務、とんでもないことになりましたね」作田は開口一番嫌味たっぷりに浮田に浴びせかけた。
「俺は閉鎖には反対だったんだが、役員会で決まったんやから仕方ないよな」既に責任転嫁が始まった。
「ほー、それじゃ常務は役員会の決定にご不満だと言われるんですね」
「別に不満とかを言っとるわけじゃないよ。役員会で決まったから仕方がないと言っとるんよ」浮田は慌てて言い訳した。
「それじゃ常務には責任はないと言いたいわけですか」
「そりゃ、経営の端くれとして責任の一端は感じるよ」
“バーン”平田は机を叩いた。
「冗談じゃない。私が、絶対に赤字になるから止めたほうがいいと言ったのを無理やり造ったのはどこのどなたですか」
「別にわしが独断で造ったのじゃないよ。会社が必要だと判断して決定したんですよ」浮田は澄まし顔で言ったがそろそろ紅潮してきている。
「何を無責任なことを言っとるんですか。常務が提案したからでしょうが。男らしくないですな」作田が割り込んできた。
「最終決定は役員会だよ」
「それじゃなぜ提案したんですか。なにか裏取引のためにやったとしか思われませんね」これを言われると浮田はムキになる。
「なにを言うとるんかね。なんの証拠があると言うのかね」
「それじゃ、なぜ造って、なぜ廃止するのか、ハッキリ答えてもらいましょうか」
「そりゃぁ、山陽の工場が能力いっぱいで、山陰地区の市場が伸びると思ったからですよ」
「そうでしょうが。そうやって提案したのはあなたでしょ。そしたら今度は廃止になったんだから責任取らにゃいかんでしょうが」
「別に廃止になったからといっていちいち責任を取っていたら体がいくらあっても足りないよ」
“バーン”今度は作田が机を叩いた。
「なにをウジウジ言っとるんですか。あなたは前に、山陰工場が廃止になるようなことになったら責任を取って辞めると言うたやないですか。今がそのときですよ」
「辞めるとか辞めんとかは社長がお決めになることやろ。あんたらにゴチャゴチャ言われたくないよ」
「責任を取るとか取らんとかは人が決めることやないでしょう。自分が決めることですよ。そんな覚悟もないんですか」
こんなやり取りが永遠と続いたが、浮田は頑として辞めるとは言わない。あくまでも社長が決めることと言い張った。社長を隠れ蓑にしておけば、組合もそこまでは手が及ぶまいとの読みからである。したたかである。
「もういいです。責任も取れない人にいてもらわなくてもいいです。帰ってください」作田は手の甲で追い払うような仕草をした。
川岸もこれ以上こじらせたくないようで、
「常務、後は私たちでやりますので」と退席を促した。
浮田は“なんで俺がここまで言われなければならないんだ”と理解できないようで、憮然とした態度で会議室を出て行った。
川岸はその後ろ姿を目で追いながら苦笑いを隠しきれなかった。
「まあ、ああいう人もいますよ」と、喉まで出掛かったがグッと飲み込み、
「さて、責任問題は社長に預けましょう。組合の気持ちは伝えます。私たちがここで議論しても始まりません。それよりもこれからの対応をしっかり議論しましょう」と本題に入った。
「しかし、わかっておいてください。ここで議論しても始まらないと言われますが、私たちが責任問題を論じるのはここしかないんです」
「わかってます。私でよかったらいくらでもお叱りを受けます。しかし、それで工場の人が救われるわけではないでしょう。その問題は社長に預けて、私たちは工場の人のことを考えましょう、と言いたいのです」
「わかりました。それじゃ会社の考えを聞かせてください」
「まず、事業というものは社員のためだけにあるんじゃないということです。いかに世の中のお役に立てるかが事業の目的です。社員はそこに賛同して貢献するものです。そして、その事業に貢献した人だけがその成果を享受できるのです。組織や設備はその事業目的に応じてあるべきで、行き過ぎれば廃止され足りなければ作る。それが組織です。世の中が変化しますから、成長の一辺倒ではいきません。このたびは、不幸にも廃止せざるを得ないところに来てしまいました。過去の判断ミスもあるでしょう。そのためにトップ2人が交代しました。今は工場の人の雇用をいかに確保するかが最大の命題です」
川岸は工場の人のことをきちんと考えていてくれた。
「貢献したくても職場を奪われ、できないようにしているのが会社じゃないですか」
「だから、全員雇用は必ず守りますと申し上げています」
「その雇用の仕方を教えてください」
「まず、転勤できる人は他の工場に転勤してもらいます。その工場で人がダブってくると思いますが、工場全体で営業でもいいという人には営業をやってもらって、少しでもダブつきを軽くします。転勤できない人は地元で営業をやってもらいます。あるいは営業所の中で内勤業務やシッピング業務など職種を広げて考えます。また、通勤1時間半くらいの営業所にも拡大して考えればなんとか雇用は確保できそうです」
さすがに人事部長である。川岸はすでにその辺まで考えていた。
「今後のスケジュールはどうなっていますか」
「はい、来週工場長からみんなに伝えてもらおうと思っています」
「それは止めてください。みんなが一番不信を持っている人です。何を言っても伝わりません。ここは川岸部長か社長しかダメです」
「わかりました。それじゃ私が行きましょう」そういって川岸は手帳を繰り始めた。
「水曜日の30日なら行けますから、そこで行きましょう」
「わかりました。それじゃ私たちは週末の8月1日にします」
「組合も行ってくれますか。ありがとうございます。組合が行ってくれたら、工場の人も少しは安心してもらえるでしょう」
浮田との団交は、苦々しい思いを重ねただけで不毛のまま終わったが、川岸とはよく理解し合えた。

8月1日、三役は山陰工場に説明に出かけた。筋を通して一応工場長にあいさつに行った。多少は反省の声が聞かれるかと思いきや、
「何しに来たんや。もう川岸部長から説明してもらったよ」と、まるで他人事のような言葉が返ってきた。
さすがにこれには作田が怒った。
「何しに来たはないでしょう。あなたがつまらんことするからですよ」目を釣りあがらせている。よほど頭に来たのであろう。
「まあ、好きにしてくれ」そう言って山本はプイと出て行った。
なんと情けない人間であろうか。これでも工場長かとあきれ果てる。人間あまりにも若くして地位を得すぎると、自分の人間性までも偉くなったと勘違いをしてしまう。人間としての成長は未完成のままだということを忘れてしまい、天狗になったり横柄になる。そのことを一番敏感に感じ取っているのは部下たちだ。誰一人として信頼している者はいなかった。それは山本がいない説明会において社員の言葉の端々に出る恨み節が、端的に物語っていた。
「工場長からは一言もないんやから、頭に来るよ」
「自分だけどっかいいとこに行くんやろ」
こんな工場は本来生産性も上がらなかったはずであろうが、もともと時間を持て余している工場のため、そのことが表面化しなかっただけである。そのため、今日まで生き延びてきたとも言えた。
吉田ら組合三役は講堂に工場のみんなを集めて、団交で確認した会社の考え方や今後の方針、組合の考え方を丁寧にそして慎重に話し、会社の実情からやむを得ず閉鎖を呑んだことを切々と説いた。

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