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作戦会議

更新 2007.10.05(作成 2007.10.05)

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第3章 動く 36.作戦会議

「やっぱり、後藤田専務か河村常務しかいないね」ポツンと誰かがつぶやいた。
吉田らにしてみれば、会社側の頼みの綱である。どちらにも次の会社の経営として残ってほしい人物である。
「この2人を巻き込んだらいかんやろ」平田はテーブルに両手を置き、肘を張るようにして叫んだ。
「だって我々の唯一の理解者やないですか。この人たちに、うちの経営がおかしいので株主に訴えるから紹介してくれって言えるんですか」
それには誰も答えなかった。平田と同じ葛藤を繰り返しているのか、皆俯いている。仕方なく平田も黙らざるを得なかった。そのまま、しばらく無言の時が流れた。
こんなとき豊岡が一番に焦れてくる。我慢しきれなくなって何か言おうと大きく息を吸い込んだとき、一足先に吉田が思いがけないことを言い出した。
「後藤田専務か河村常務かわからんけど、この人たちは一体何者なんですか。我々のただの仲良し友達ですか」
「そりゃ違うよね。俺たちの良き理解者であり支援者やろ。もしかしたら、俺たちと同じ会社正常化の同志かもしれん」豊岡がすかさず答えた。
「本当にそう思いますか」吉田が念を押した。
「思うよね。だからあれだけ一生懸命話してくれたんと違うんかね」
平田も、作田も豊岡に賛同するかのようにうなずいた。
「誰か確認したわけ」吉田は曖昧に放置しなかった。
「わざわざ確認なんかせんけど、俺たちの気持ちはわかってくれていると思うよ。その上でいろいろ話をしてくれたわけやろ。そしたら同志みたいなもんやろ」
「本当にそうなんやね」もう一度みんなを見渡した。
「もし、そうなら後藤田専務にはやってもらわにゃいかんと思うよ」
「エッ」みんな呆気に取られた。
“なんという都合のいい理屈だろうか。それとも俺たち以上に同志としての後藤田の情熱を信じているのか”みんな目を見張った。
「ウンウンってうなずくだけの同情的理解者なら要りません。まして経営の中枢です。同志なら我々と同じ気持ちになってもらわんといかんでしょう。会社正常化のために一肌脱いでもらわんと男じゃないのと違いますか」
「そりゃそうだけど、立場っていうものがあるやろ」
「そりゃ関係ないよ。会社の正常化以上に大事な立場なんかないと思う」
「だけど、俺たちと同じ気持ちやろか」
「同志なら同じ気持ちになってもらいます」吉田は強く言った。
みんな、吉田の信念のような決意に気押されて目を丸くしたままだ。
「いつの間にか後藤田専務に決まったような言い方だけど、川村常務はもういいわけやね」平田が確認した。
「いいでしょう。同志的結合の強さにおいても、金丸社長への訴求力にしても、後藤田専務の比ではないやろ。そこはやっぱり専務と常務の違いやね」吉田が言い切った。
“そりゃそうだ”と、みんなも黙ってうなずいた。ただ、“切るなら『歩』のほうからで、金銀は最後までとっておきたい”という打算もよぎる。
“後藤田専務にとんでもない重荷を押し付ける。本当にそんなことができるのか。どうやって?”誰もが今考えるのはその一点だった。

「それで、どうするわけ?『専務、金丸社長に会わせてくれ』って言うわけ」作田が自信なさそうに低い声で切り出した。
「そうやろね。そうやって頼むしかないやろね」豊岡も同じように低い声で言いながら、“そんなことで引き受けてくれるやろか”という思いが顔を上げさせない。話は途切れ途切れに進んだ。
「受けてくれるやろか。もし失敗したら専務との関係がギクシャクせんかね」平田はそんなことを心配した。
「それはしょうがないよ。所詮、同志じゃなかったということやろね」ドライに割り切った吉田の答えが意外だった。大義の前では一人の人間との関係なんか意に介さない、というふうな強い意思が感じられた。
「あのー、専務のことは私に任せてくれんやろか」吉田は、みんなの顔を見ながら言った。
“ここは、自分が体当たりで口説くしかない”そう思ったのだ。
“相手はれっきとした会社の専務や。地位も名誉も生活もある。誰にも頼らず、誠心誠意尽くしてみるしかない”そう考えた。
「大丈夫ですか」作田は心配そうだった。
平田は、じっと吉田の顔をのぞき込んだ。“この人はどんな作戦を持っているのだろう。相手はわが社一の分別者であり、慧眼(けいがん)の持ち主である。すでに我々の手の内などとっくにお見通しかもしれない。なぜそんなに自信が持てるのだろう”平田は冷静に読みを働かせた。
“吉田にあるのは、全てを投げ打って会社正常化に掛ける情熱だけである。自分もその心に動かされた一人だ。後藤田を動かすことができるとしたらその一点だけであろう”
「わからんよ。だけどやるしかないやろ」吉田は、うっすらと不敵な笑みを浮かべていた。
「そりゃいいけどどうするわけ」豊岡が尋ねた。
「そりゃまだわからんけど、なんか考えてみますよ」
吉田は、これといった絶対的秘策を持ち合わせているわけではなかった。しかし、会社を思う気持ちは誰にも負けないと思っている。“この気持ちがある以上なんとかなるだろう。それに後藤田専務は俺たちの活動に共鳴している。『やれ』という秋波を送ってきている。体当たりすれば動く”それが唯一の望みだった。吉田はそこに賭けようと思った。
「うん、そうやね。男と男で話してもらいましょうか。我々ががん首そろえて行ったって、何の足しにもならんやろ。外野がいたら専務も本音で話ができんやろうしね。ここは、トップ同志の男気勝負を委員長に骨を折ってもらいましょうか」そう言って作田が賛成した。
「そうやのう。それしかないやろね」豊岡も同意した。
「ヒーさんはどう?」平田が黙っていたもんだから、作田が促した。
「うん。それがいいでしょうね。お願いします。ただ、金丸社長との会談が成ったとして大義名分をどう立てるか。そのこともちょっと話しましょうよ」
「うん、そうですね。そのことですが、平田さん、先ほどの山陰工場の赤字の内容を、後日詳しくレクチャーしてくれませんか。そのお陰で、組合員が塗炭の苦しみを強いられているということは、なんとしてもわかってもらわなければなりません」
「はい、いいですよ。問題はその背景でしょうからね」
「それから、役員の行状やね。これは私でもわかります。そのせいで社員が全くやる気をなくしてしまっているわけですから」
「全くそのとおりや」豊岡が相づちを入れた。
「でもね、私はそれだけじゃダメだと思うわけです。だからここからが大事なんです。よく聞いてください」吉田は念を押しながら続けた。
「私は、金丸社長にわが社の主だった社員と話をしてくれとお願いするつもりです。私だけの一方的話じゃなくて社員みんなに聞いてくれって、言うつもりです。金丸社長は、そこで組合の言い分が正しいのか、会社の言い分が正しいのか見極められると思うんです」
「なるほどね。いいね」豊岡が感心した。
「そこで、我々がやっておかなければならないのがオルグです。といって今までと同じようなオルグをやっていてもダメです」
吉田は熱く語り始めた。

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