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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.3-22

制度の遅れ

更新 2007.05.15(作成 2007.05.15)

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第3章 動く 22.制度の遅れ

川岸の論理の展開はこうだ。
「確かに、会社は大変苦しい状況にあります。だからこそ社員全員が一丸となって立ち直りに向かわねばならんと思います。山陰工場の問題などもあるのかもしれませんが、今我々にできることはなんと言っても販売の立て直しです」川岸は、自分の思いだけは伝えたかった。
「販売の立て直しと言っても、代わり映えのしないプロモーションばかりじゃないですか。どうやって立て直すんですか」こういう突っ込みは作田の役である。
「市場の立て直しは、プロモーションやキャンペーンといった方法論ではない。社員一人ひとりの意識です。私たち社員一人ひとりが市場での信頼を得ることです。市場を見てください。やることはいっぱいあるじゃないですか。リーチンでの品揃え、フェース出し、値札付け、バーナーやポスターの取り付け、先入れ先出し、誰もやっていない。市場は荒れ放題です。今私たちが自信を持って市場と向き合うことが大事なんです。我々本社の人間、そして組合のリーダーがそのことを下部に伝えなきゃいかんのです」
“なるほど、さすがは川岸さんや。社員を導く方向をちゃんと持っている”吉田は感心したが、ここですんなりと賛同するわけにはいかない。賃金改定交渉なのだ。
「しかし、社員をやる気にさせるためにも、きちんとした回答が出ることが肝心かと思います」
「それはわかる。しかし、我々は犬や猫じゃないんだよ。目先の金で動くんだったら政策も何も要らんじゃないか。金だけで動くような殺伐とした会社になっていいんですか。鼻先ににんじんをぶら下げて走る馬車馬になっていいんですか。私たちには心がある。会社が苦しい今こそ、俺たち社員が歯を食いしばって底力を出さにゃいかんでしょうが。そうせんといい会社にはならんよ。我々自身が、心から会社を立て直すという勇気をもう一度取り戻すことや。会社が良くなれば賃金はおのずと付いてくるって」
「いくら我々が頑張っても、経営の判断ミスが続けば結局この状況やないですか」
「経営のいい悪いを俺は判断する立場にないが、もう少し時間が経てば答えが出るよ。それまで辛抱や。経営もいつまでも今のままではなかろう」川岸は、蛇足だったかなと少し顔を歪めたが本音である。
「答えは出てるやないですか。山陰工場の稼働率を見てください。惨憺(さんたん)たるものです。しかもわざわざ広島に逆送して投資効率は極めて悪くなっている。あれだけの設備を造るんだったら、最大の市場である広島に造るべきだったんです。その結果がこの業績でしょう。そこを直さなきゃいつまで経ってもだめですよ」そこを避けて正常化はあり得ないと、平田は食い下がった。
「稼働率とか逆送とかそういうテクニカルのことではないと思う」
「しかし、企画の段階で歪められたり、恣意的な資料を出されたりしているじゃないですか。企画書や資料はテクニカルそのものでしょう」
「それを見て判断するのが経営だと思う。高度な経営の判断があってのことだと思わざるを得ない」
「その大事な経営判断を誤るような経営者じゃ希望は持てません」
「ミスかどうかわからんじゃないか」
「ミスではないと思います。意図的な判断ではないのですか」
「そういうことを言ってはいかんよ。それも経営の判断です」
2人のやり取りを聞いていた吉田が、
「いくら我々が頑張っても、まるでざるから水がこぼれるようなこんな経営の元では我々は刹那的活動にならざるを得ません」
「何を言うんですか。あなたたちは会社をつぶす気ですか。絶対にそれはいかん。我々の後ろには1300名の社員とその家族がいるんです。我々はそれを守る義務があります。経営がどうであれ、我々は会社を守らなければいけない。会社を一番大事にしなければいけないのは我々社員自身です。経営者は株主が決めることで、我々には選ぶ権利がないんです」
「会社が社員を大事にしたら、社員も会社を大事に思いますよ。今の経営者は社員の信頼を全く失ってしまっているじゃないですか。社員の信頼を得ることも経営者の資質の一つでしょう」
「それでも我々には選べない」川岸は断固として譲らない。
「それじゃ、我々の主張は会社には通じないのですね」
「私も経営に物申すところに立ちました。それは私が必ずやります」
川岸の強い言い方に、交渉委員は少し黙った。
「しかし、今の回答では定昇にも満たないんじゃないですか」平田は、今度は技術面から切り込んだ。平田は、わが社に賃金テーブルすらないのを知っていたが、制度整備の遅れもクローズアップしたかった。
川岸も、そこまで詳しくは知らなかったらしく、賃金担当の西山のほうを向き、「どうなんだ」と尋ねた。
西山は、バツが悪そうに口をもごもごさせながら、
「わが社には定昇がありません」と、ポツンと答えた。
「どういうことですか」平田はわざと驚いたように尋ねた。
「わが社には賃金表がありませんから、定昇というものがありません」
「それじゃ、個々人はどうやって昇給させているんですか」
「横軸に年齢、縦軸に勤続年数のマトリックス表を作って、社員を分類しています。それぞれのマスごとの平均賃金に昇給率を掛けたものをそのマスの在籍者の昇給額としています」

イメージ図

「これは大変な問題です。おかしいとは思わないんですか」
「おかしいと言うても、ズーッとこれでやってきとるんやから今更言われても」
「今までやっとるからいいと言うんでは、進歩も改善もないやないですか。問題意識はないんですか」平田の容赦ない攻撃に西山は黙り込んだ。
何かおかしいと感づいたのか、川岸が尋ねた。
「私も人事に来て間がないもんだからよくわかりませんが、平田さんから見てどこにどんな問題があるのか、何がおかしいのか言ってもらえませんか」川岸がすでにスタッフの能力に疑問を抱いていることがうかがえた。
「いいんですか」
「いい、いい。会社が良くなるためです。何でも言ってください」
「それじゃ」と、ちょっと間を置いて、
「問題点はたくさんあります。まず、掛け算方式ですからこのまま続けていたら一番上のマスの人の賃金は、二次関数的に天文学的数値に上がってしまいます。しかも優秀か優秀でないかにかかわらず、そのマスの全員が最高の昇給になります。次に、自分のマスに例えば評価の低い人が存在したとしたら、平均値が低くなりますから自分がどんなに努力しても低い昇給額になってしまいます。努力しても報われないという、こんな不合理はありません。それから、どの層の賃金をどの程度にしようとかいう、賃金管理が全くできません。その根本的問題は、何よりも賃金に対する思想が何もないからです。思想があってはじめて、思想に沿った管理をするという考えになるのだと思いますから、まず理念を構築してそれに合う賃金管理をするべきです。そもそも、人事制度というものが全くないのが問題です。評価制度も然りです。何を頑張れば評価してもらえるのか全くわかりません。だからゴマすりばかりが蔓延(はびこ)って上役の顔色ばかりを伺うことになるんです。社員の意識を上役じゃなくて仕事に向けさせなきゃいかんのです。社員の頑張る方向性をきちんと示した人事制度を根本から作る必要があります」
「そらそうだ。ゴマすりばっかりやからな。全くそのとおりや」と、川岸は大きくうなずいた。その返しで、
「ウーン、そうですか。そういうことか。これは問題だな。ようここまで放っておいたな」と、呆れたように西山のほうを向いてつぶやいた。

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