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修正回答

更新 2016.04.26(作成 2007.03.15)

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第3章 動く 16.修正回答

作田は、帰りしな顔見知りのところで雑談をしたりして、時間稼ぎしながらわざとゆっくり事務所へ戻った。
「行ってきました」
「ご苦労さん」「お疲れ様」こもごもねぎらった。
「ちょっと集まってください。報告します」
作田は、みんなが席に着くのを待って、
「人事部長とでは、もう話になりませんでね。そしたら後藤田専務がちょうど来られて、団交するということになりました。社長室から出て、直接来られたから多分何か動きがあると思います」
「どんな動きかわかりませんか」吉田が尋ねた。
「ウーン、それはわかりませんが、社長室から来られたから多分何がしかの数字が動くと思います」
「どれくらいとかわからんですか」
「イヤ、わかりません。筒井部長にも何も言われませんで、『団交する。俺も出る』とだけ言われて険しい顔で部屋に戻っていかれましたから何もわかりません」
みんなも、“どんな内容かわからないが何か動きはある。いよいよ動くな”といった緊張感が顔に漂っている。平田も何か紅潮するものを感じた。
そんなときも吉田は冷静に、
「そういうことですので、いよいよ交渉も大詰めを迎えてきました。どんな状況になるかわかりませんが、皆さんも腹積もりをしておいてください」と覚悟をさせた

労務の最高責任者である専務を交えての交渉は、午後1時きっかりに始まった。
「皆さんには日ごろから経営への協力を感謝しております」後藤田はまず謝意を表した。その上で、
「会社がこういう状況になったことについては、深く責任を感じております。しかし、経営は山もあれば谷もあります。いつも順風満帆というわけにはいきません。会社は今経営の危機にあります。こういうときこそ経営と組合が車の両輪となって、全社一丸で立ち向かわなくてはなりません。とはいえ、今賞与において固定部分をカットせざるを得ない状況で、組合側の車輪の空気が少なくなっている状態と考えます。空気がなくては走れないでしょう。そこで、三六拒否というこの非常事態を打開し、通常業務に戻っていただくことを前提に固定部分を2.5カ月に戻したいと考えます。これは、会社も大変苦しい状況ですが清水の舞台から飛び降りる覚悟で提案するものです。どうかこの会社の状況を理解していただき、集約の方向に持っていっていただきたい。ただし、0.5については次年度の支給とさせてください」と、悲痛な思いで懇望した。
横で聞いていた筒井は、自分が会社決定に背き2.3カ月と回答していたことを後藤田は知っていると察知した。しかし、自分としては今までどおりにやっただけだという思いで、素知らぬ顔でいた。
対面からその様子を見ていた平田は“なんという厚顔無恥か”と呆れた。
そんなからくりを知らない他のメンバーは、「やっと戻ったか」と安堵する者や、「なんだ、まだそれだけか。清算部分は0かよ」と納得しない者などさまざまに受け止めた。しかし、満足できる回答ではない。
「山陰工場を休止するわけにはいかないですか。償却を停止できますから金利負担だけで済みます。その分楽になるじゃないですか」平田は我慢できずに口を挟んだ。山陰工場建設の失敗を既成事実化したくてしょうがない。
「しかし、造ったものを遊ばせるのはどうでしょうか。償却は内部留保だからね。財務的には償却したほうがいいんだよね」
「しかし、稼動させれば固定費がもっとかさむじゃないですか。休止すべきです」なおも食い下がった。
「一旦踏み出したものを撤退するとなると大変な問題が起きてきます。一番大きな問題は雇用です。50数名の雇用をどうするかです。組合にとってもこれは大変な問題だと思いますが」
「雇用は守ります。しかしそれは、具体的手段としての問題です。まず会社の建て直しとしてどうするかを考えるべきではありませんか。来年度の経営計画にもそのへんのことが何もありません。営業のことばかりに終始しているじゃありませんか。根本的解決になりません」吉田が、会社の基本的姿勢の問題を問うた。
「確かにそれも大きな問題かもしれません。しかし、それは今簡単に結論が出る問題ではありません。会社も慎重に検討しますが、今は目前の問題解決に専念することが先です。そのことをわかってください」
「しかし、将来展望のない交渉ほど空しいことはありません」
吉田のこの一言に後藤田はドキッとした。そこまで追い詰められているとしたら危険である。しかし、次の吉田の一言に安堵した。
「会社はこのことを真剣に考えてくれるんですね」
「もちろんです。健全な経営をするのは私たちの責務ですから」
「そのことを約束してくれることを前提に、今日の会社の提案は一旦持ち帰って検討します」吉田も、この論議をここで繰り返しても埒が明かないと判断した。

事務所に帰った交渉委員たちは、会社の提案を検討した。しかし、
「やっと振り出しに戻っただけやないですか」「これじゃ、終われないですよ」「支部に説明するだけの内容がない」などと強行意見が圧倒的に多かった。これでは集約に向かえない。
「三役の意見はどうなんですか」崎山が聞いてきた。
三役は、河村から事前に聞かされているから、冷静に受け止めていた。
「そうですね。固定部分が戻りましたから終わりますとはいきませんよね」平田が一番に答えた。当然、他の者も同様の意見だ。
「それではこれからどうするかです。このまま三六拒否を続けるのか。新たな手段に訴えるのか。ただ、今回は会社に余力があって、力でむしり取るのとは違って、経営が苦しいから泥沼に入る危険性もあることを念頭において考えてください」作田が尋ねた。作田の顔も、いつもの余裕がなくなっており、強張った表情をしている。
「ここは一気に追い込みましょう。それで動かなかったら負けですよ。時限ストを打ちましょう」長瀬が切り出した。
「私もそれがいいと思う」2、3人の者が追従した。
少しみんな考えるふうである。
「他に意見はないですか」作田が促した。
「ちょっと待ってください。少し考えさせてください」誰かが言った。
「わかりました。それでは考えのまとまった人から言ってもらうとして、シンキングタイムとしましょう」そうして、しばらく沈黙が続いた。
こうしたときには妙案なんてあるわけがない。やるかやらないかの決断だけである。あとは屁理屈にすぎない。

交渉の本質は「脅し」である。
組合は、会社が上積み回答しないと実力行使を拡大しますよと脅しをかけ、会社は、組合がそんなにわからず屋ならば回答を出しません。通常業務に戻ることを前提に回答しており、通常業務に戻らないなら回答を引っ込めます、と暗に脅している。
意地と意地のぶつかり合いであるが、意地を通せば隘路(あいろ)にはまって進退窮まる危険もある。交渉担当者は、常に落としどころ(逃げ道)を睨みながら交渉しなくてはならない。
卑近の例では、北朝鮮と米国の交渉がしかりである。片や核開発を拡大しますよと脅し、片や経済制裁を拡大しますよ、いざとなれば武力による体制崩壊もやるかもしれませんよと脅す。だからお互い真剣になる。
日本とはどうだろうか。同胞が拉致され、密入国や不正送金、麻薬の持ち込みなど、いいようにされ放題ではないか。
日本と中国、韓国との関係も同様である。戦争責任の問題、竹島などの領土問題、海底エネルギー採掘、領海侵犯など、押されっぱなしと受け取るのは筆者だけか。日本には脅しの論理を持ち合わせていないように思う。

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