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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.3-10

打開策

更新 2016.04.21 (作成 2007.01.15)

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第3章 動く 10.打開策

しかし、組合の主張は経営には響かない。相変わらずのんべんだらりの状態が続き、経営側には一向に真剣味が感じられなかった。
争議権の確立は98%の支持率で信任され、執行委員会は闘争委員会と名前を変えた。組合事務所のドアには「闘争委員会」と大書の紙が張られた。
交渉は行き詰まったままで進展を見ない。闘争委員会は打開策の協議に入った。
「会社から回答があってもう1週間以上になりますが、一向に変化が見られません。このままでは埒が明きませんので、今日はこれからの対応を協議してください」吉田は今日の会議の目的を絞った。
それを受けて作田が、
「ということですので、今日は打開策について皆さんの考えを言ってください。ランダムにお願いします。どうしたらいいですかね」と進行した。
「筒井部長は経営に報告していないのと違いますか。自分ひとりで問題解決したように格好付けたいのと違うやろか」豊岡が、誰もが気にしていたことを言った。
「もしそうなら、まず筒井をなんとかせんといかんね。逆に泥を被せることを考えにゃいかんようになるね」と、ベテランの長瀬は策謀家らしい。吉田はやれやれといったふうに顔を歪めて笑った。
「まあ、それはともかく、現状を動かすために何かアクションを起こしましょう」崎山が提案した。
「アクションというのは実力行使ということですか」作田が確認した。
「そうです。それくらいしないと今の会社は動きませんよ」
「ほかの皆さんはどう思われますか」
「いいと思う」異口同音に賛成の声が上がった。
「やるとしたら、何がいいですか」
「三六拒否をやりましょう」
「いや、それじゃ手ぬるい。時限ストをやるべきです」
「平田さんはどう思いますか」
「春闘の場合は、今年の獲得額が来年のベースになるからストをやってもやりがいがあるけど、一時金の場合は毎年やり直しだから闘争資金を使うのはもったいないと思うんよ。金を使わんで効果のある三六拒否がいいと思うんやけど」平田は、どこかで見るか聞いたかした理屈をわが社でも通用するかどうか試してみた。

労働組合の実力行使にはいろいろな手段がある。
主なものとしては、三六拒否、時限スト、指名スト、全面ストなどだ。
三六拒否はその名のとおり、時間外労働を拒否する手段で、これは順法闘争だから組合に賃金カットなどの痛みが伴わない。
時限ストは、一定の時間に限って労働の提供を拒否するやり方で、最も労働効率のいい時間帯を指定すれば、わずかな時間で思った以上の打撃を会社に与えることができる。
指名ストは、組合員の何名かに限ってストライキを行わせる手段で、その人がいなければ業務が停止するような職場に効果的である。キーマンだけを押さえればいいので組合の負担は少ない。
全面ストはその名のとおり、まさに全面的ストライキである。会社も組合も打撃は大きい。
ストライキを行った場合の組合の打撃は、ストライキの時間分だけ賃金カットを受けることだ。組合員にとっては生活に響くから組合が補填するのが通常だ。全面ストなどになると組合の負担も大きくなるのでめったなことでは行えない。
こういうときのために、組合は日ごろから“闘争資金”と銘打って資金を貯めている。大企業の組合ともなると、恐らく何百億単位の蓄積があるのではないだろうか。これだけの資金が眠っているのかと思うともったいない話である。将来この金はどうなるのであろうか。

「わが社は製造会社であると同時に営業会社でもあるわけよね。特に今は、年末のプロモーションをやっとるから三六拒否でも十分効くんやないかね」長瀬の賛同で一決した。
「それじゃ、三六拒否でいきましょう。委員長どうですか」作田が吉田に確認した。
「いいでしょう。もう12月ですから最短でいきましょう。通告書を作ってください」
労働協約で、組合が実力行使を行う場合48時間前の事前通告が必要となっている。12月5日に通告したとしても土日を挟んで10日からの行使である。
この通告を受けて、会社にも一般組合員にもにわかに緊張が高まった。
「ほかに何かありますか」
「三六拒否もいいけど、並行して事業本部の責任役員に団交に出てもらおうや。直接説明してもらいたいね」豊岡が言った
「それは、私も考えとったんですよ。やりましょう」作田が間髪入れずに賛同したので皆もその気になった。
翌日、組合は強硬手段を懐に携え、事業本部の責任役員を引っ張り出しての緊迫したムードで交渉に臨んだ。
事業本部の責任役員といっても、河村と浮田しかいないのだから、ターゲットは浮田であることは明らかだ。河村とは先般一緒に飲み、理解を深め合っている。おのずと浮田1人が槍玉に挙がった。
「今般の業績不振の主たる原因は、山陰工場の過剰投資と聞いていますが、そもそも山陰工場は必要なんですか」
「過剰投資とか誰が言ったのかね」いきなりの批判めいた発言に、浮田の顔色が変わった。
「団交では、山陰工場の負担が大きいから赤字になったという説明やないですか。違うんですか」
「そればかりじゃないだろう。販売が思うようにいかないことが最大の原因だよ」
「それじゃ、団交での説明は嘘を言ってることになりますよ。いいんですか。団交で嘘が言われるようじゃ話し合いはできませんよ」誰彼なく、次々とシビアな質問が飛んだ。
「嘘とかそういうことじゃなく、山陰工場の負担も大きいということを言っているのです」筒井が繕った。
「そりゃ、山陰工場は必要だから造ったんだよ」浮田は苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。
「しかし、山陰工場から広島に逆送しとるやないですか」
「あんた、逆送ってなんで言えるのかね」
「運送会社の運転手が言ってましたよ。『山陰工場ができても、広島に逆送するから運賃収入は変わらんのや』と。それじゃ山陰に造った意味がないやないですか」
「広島工場の能力が足りないから山陰工場から送っているんだよ。当然だろう」
「おかしいですね。つじつまが合わんやないですか。去年までは賄っていたのに急に今年から能力不足ですか。しかも今、浮田常務自ら言われたように今年は販売が落ちているのに」
「広島工場は3交替で生産していたから負担を軽くしようと思って、広島工場の一部設備を山陰工場に移設したんだよ。その分能力が足りなくなったんだよ。それを山陰から移送しているだけだ」浮田は言い放った。
その辺のからくりを皆は理解できないから少し間が空き、次は平田さんの出番ですよといった雰囲気が漂った。
それまで黙っていたが、平田もそれを感じて意を決した。

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