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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.2-24

事前準備

更新 2016.04.18 (作成 2006.06.05)

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第2章 雌伏のとき 24.事前準備

平田は、作田に言われたように骨子を組み立て、数値設定のところを除いてほぼ書き上げた。これでいいのかと不安はあったが、作田に見てもらおうと業務が終わった後、要求設定案を持って組合事務所へ顔を出した。
「書記長、要求案を作ってきたんやけど見てくれんかね」
「あー、すみませんね。お疲れです。早速やりましょう。中原さん、帰るところをすみませんがコーヒーを2つ入れてもらえませんか」作田は、帰り支度を始めていた中原に頼んで長机に向かった。中原里美は女性事務局員である。可部よりももっと山間部から通っており、田舎の娘らしく真面目でおとなしかった。素直に人の頼みを聞いてくれた。
平田らが打ち合わせを始めたころ、こうしたやり取りを聞いていた吉田が、
「それじゃ、私は邪魔になってもいけませんのでこれで帰りますわ。中原さん、そこまで一緒に帰りましょうか」と2人で出ていった。酒好きの吉田のことである。恐らくそこらで一杯やるのに話し相手に付き合わせたのであろう。平田と作田は2人が出て行った後、顔を見合わせニヤッと笑った。
作田は、平田の原稿をしばらく黙って読んでいたが、読み終わって、
「ようできとるやないですか。これでいいんですよ。表現とか誤字は今度の執行委員会でやるとしてですね、話の筋だけで言いますと、世間の景気動向がどれくらいで、要求基準がどれくらい。それに比べてわが社の業績はどれくらいだからこれくらいの要求、となるわけですよ」
「それじゃ0になるよ」
「そのために固定部分の協定がしてあるんですよ。それに業績の悪化は会社の政策ミスによるもので、組合員には責任がないわけです。むしろ、業績悪化を繕うための闇雲なプロモーションやキャンペーンによって、労働負荷は去年以上でしょう。要求基準としては、その辺を加味していくらにした、ということでいいのと違いますかね」
「ウーン、なるほどねぇ。それだと何となくわかるな。しかし、いくらに設定するんかね」
「数値のところは空けといて、みんなで決めたらいいと思います。それに、骨子も大体そのストーリーにできとるやないですか」
「うん、去年のを見て作ったからね。でもそんなもんでいいのかと思ってね、いまいちしっくりこんかったんですよ」
「その辺も含めて、要求基準の見直しをやるんでしょうが」作田は、笑いながら冗談っぽく言った。
「なるほどわかりました」
「それじゃ、これでいきましょう。もう一度きれいに整理しといてください。執行委員会に提出しますので」
「いつやるかね」
「次の執行委員会は19日ですがここは労使懇談会の件でいっぱいでしょうから、懇談会の翌日に続けてやりましょう。皆も何度も行ったり来たりが大変ですからできるだけまとめてやりたいと思います」
「ところで、その要求基準の見直しだけどどうしたもんかね。運動方針には一応見直すとしたけど、俺にはよく状況が飲み込めないんよ」
「そうですね。私もようわからんのですが、私が思うには一時金にしても春闘にしても今の要求スタイルはその時々の状況に応じた要求設定しかないですよね。もっと長期的展望に立った考え方がいると思うんですよ。いわゆるビジョンってやつですよ。中国食品として、社員の生活レベルをどの辺に持っていくかとか、何を目指して活動していくかとかです。今回、組合全体としては委員長の運動方針のもとに会社の正常化を目指していくことになりましたが、その処遇の根幹となる賃金政策は誰もわからない状況なんですよ。そこのところを何とか考えたいということじゃないかと思うんですよ」
「そんな漠とした考えなんですか」
「そうなんです。誰もはっきりとわかった者はいないんですよ。だから平田さんしかいなかったんです」
「こりゃ大変だ」
「全てが平田さんに掛かっているわけです」
平田は、作田の持ち上げに苦笑いしながら、
「ということは、要するに長期的ビジョンを作って、それを基準とした要求方式を組み立てるということですか」
「そうです。さすがやね」平田が自分なりの理解を整理してまとめたことで作田自身もスッキリしたらしく、いきなり大きな声で叫んだ。
「だから、よろしくお願いします」
「とはいっても、これはすごい大きな課題だし大事な問題やね。難しいな」
「大丈夫ですよ。平田さんならやれますよ」例によっておどけた言い方である。
「今更引き下がるわけにもいかんから、これから俺はこれ一筋でいくよ」
「他のことは任せてください。皆いるから大丈夫です。よろしくお願いします」

労使懇談会の事前準備は組合だけではない。人事部スタッフも25日の労使懇談会に向け準備の打ち合わせをしていた。会場の設営の仕方や、懇談会後の会食の準備など、入念に打ち合わせした。
会場は本社の会議室が使われる。長テーブルを向かい合わせに2列並べ、白い晒しの布で足元まで覆っていく。多少の行儀悪さも相手から見えないようにするためである。真ん中に花台を置いて背丈の低い生花を生ける。晒しや花を誰が手配し、設営は誰々にと決めていく。
進行役は人事部長の筒井である。新しい執行部であり何が飛び出すかわからないことと、会社の業績が振るわない状況にあることから否が応にも緊張が走る。
筒井は委員長に電話を入れた。
「今度の懇談会はお手柔らかにお願いします。予備折衝としてお伺いしますが、そちらからの課題はどんな内容でしょうか」
「今度の執行委員会でその話をしますのでまだ何も決まっていませんが、自然体でいいと思いますよ」
「こちらに準備がない話をいきなり出されても返答に困りますので、できたら触りだけでもインプットしておいていただけませんか」
「そんなこと気にしなくていいと思いますよ。特別難しい話は出ませんよ。基本的に会社を良くするために考え方を聞くということだと思います」吉田は、体裁だけ繕おうとする筒井の姿勢が癇に障った。
筒井も、これ以上はと観念したようだが、まだ納得がいかない様子を受話器越しに感じながら、吉田は受話器を置いた。

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