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見直し(2回目計算)

更新 2016.04.01 (作成 2005.08.12)

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第1章 転機 20.見直し(2回目計算)

昨日、早めに帰って子供たちと思いっきり遊び、頭の中を空っぽにしたせいか今日は幾分気分も晴れていた。
昨日は全くやる気がしなかったのである。
とは言えこのまま放っておくわけにはいかない。平田もそれほど冷徹にはできていない。あまりやる気はしないが気持ちを奮い立たせて今日から見直しの作業に入った。
一応、単価を昨年度実績の最低に設定し直し、人員を15名削減して計算をやり直した。単価の洗い直しや人員配置の見直しなど、さらに1週間を要した。
何とかつじつま合わせの計算を出したもののそんなことで利益が出るはずもない。
単価の見直しで1億、人件費の削減で8千万をひねり出した。
さらに、米子市が企業誘致の優遇措置として固定資産税と土地特別保有税を半額にする、ということを新たに聞いたので、その分を1億1千万円削減した。
それでもまだ7億の赤字である。
どうしても数量が足りない。

中国食品は、毎年6〜8億程度の経常利益を出していた。
食品業界は景気変動の影響をあまり受けないとは言え、天候やちょっとしたブームなどによって売れ筋が生まれたり、予期しなかった特定の食品が突然売れ出したり売れ行きに変動が生じる。
また、オイルショックのような外的要因で燃料費や包装資材が高騰し、利益を圧迫することもある。
そんなことを乗り切りながら何とかコンスタントに利益を出していた。
しかし、今回の投資は大きすぎた。過剰投資である。見直し計算でも会社の利益が飛んでしまう計算になる。下手をすると赤字になる可能性もある。それも、かなり無理して捻出した数値である。
事業戦略として将来の成長にどうしても必要な場合、これくらいの先行投資はあり得るのであろうが今回の場合は勝算の見込みが全く無い。また、通常こうした大型案件の場合事前に社内で議論されたり、世論の盛り上がりを見せたりするものであるが、今回は社内のどこにもそうした議論の盛り上がりもコンセンサスもでき上がっていない。浮田一人が入れ込んでいるだけである。
平田は、計算のミスや落ち度がないか、何度もチェックし直した。
しかし、上から見ても下から見ても、もうこれ以上利益の出るところはなかった。それほどしっかり計算したつもりである。
「やっぱり、7億が限界です」一人で抱え込んでいることに耐えられないかのように、山本にぶつけた。
「うん、そんなところだろう。しょうがないよ。それでもう一回常務に説明しよう」山本も計算のロジックを理解しているのか、大まかな数値の見当を付けていたようで、提案書を目で追っただけで深く追求しなかった。

しかし、浮田はそれでも納得しなかった。
「利益を出すために投資するのに、赤字の投資計画なんてあるわけないじゃないか」
平田は、“そんな無茶を策謀しているのは貴方自身じゃないか”と喉まで出かかったのをグッと堪え、
「しかし、これ以上利益を出すところがありませんが」
「販売数がおかしいのよ。広島工場にある高温殺菌機を山陰工場に移設して、山陰から出荷するようにする。広島はもう限界だからな。そうすれば数量が増えて利益が出るやろ」
「それじゃ、広島の数量が減って同じことのように思いますが」
「広島が限界なのだから仕方なかろう」
「……」険悪な空気につつまれた。
こんな当たり前の道理がねじ曲げられてしまうのである。平田は悲しかった。
“会社がダメになっていくときというのは、こんなことが切っ掛けかも知れない”とぼんやり考えていた。
「山本君はどう思うのかね」
「はぁ。やはり山陰の市場規模からして、少し工場が大きすぎるかと思います。この規模の工場を造るには少し時期尚早かと考えます。何か他にお考えでもおありでしたら別ですが」
核心を衝かれ、
「別に考えなんかありゃせんよ」浮田はあわてて打ち消し、
「君もそんな考えをしとるんかね。2人してそうだからうまくいかんのだよ」憮然とした顔で言い返した。
「とにかく、それでやり直してくれ」
そう言うと浮田は書類を平田のほうに突き返した。もう少しで机から書類が落ちそうになった。
これ以上は常務の機嫌を損なうだけで前向きな議論は無理だと思ったのか、落ちそうになった書類を横から押さえ込んだ山本が、
「わかりました。もう一度やり直してみます」
と、平田を促しその場から離れた。
部屋中がシーンと静まり返っている。3人のやり取りを聞いていた他のメンバーは、浮田の不条理な要求に気の毒と思いながらも半分は、
「言われたとおりにしとけばいいのに。要領よく立ち回ればいいのよ」という無責任な嘲笑を微かに口元に浮かべている。それがサラリーマンであろう。
“情けない奴らじゃ”逆に平田はこうした連中を哀れんだ。
平田は、こういうときいつも学生時代古文で習った史記のことわざを思い浮かべ、自分の生き方を納得させていた。
『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)
ー小さな鳥には大きな鳥の志はわからない。小人物は大人物の遠大な志を理解することができないだろう。

平田は釈然としないまま席に着いているが、山本も何も言わない。
重苦しい雰囲気のまま時が流れた。2人とも、何かをきっかけに爆発しそうなほど胸のうちは煮えくり返っている。顔も紅潮しているのがわかる。それだけにお互い口を開くのが怖かった。
どれくらい経ったろうか、平田はたまりかねてトイレに立った。特に催したわけではないが少し頭を冷やそうと思った。
顔を洗い、鏡を見ながら山本の心中を慮ってみた。
「同じ気持ちだな。よく我慢したものだ。まあ言うことは言ったのだし、またやり直してみるか」
顔や手をわざとゆっくり、念入りに洗った。冷たい水で顔を洗っていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。
これで2度目だし事前学習ができているせいか前回ほど後を引くことはなかった。

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