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クリスマスキャロルの中で

更新 2016.03.22 (作成 2005.05.25)

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第1章 転機 12.クリスマスキャロルの中で

毎日の接待はそれなりに2人を酔わせた。
小田は、社長になった経緯からして「自分の任期もそう長くはなかろう。どうせ、2期4年くらいかな」と踏んでいたから権力の余禄を刹那的に享受したいと考えた。
「役員には、社員のように年金がないからな。チマチマしたマージャンの上がりなんて小遣いの足しにしかならんしな。どこか、新工場を建ててまとまったバックリベートを握りたいものだな」
いろいろと考えた末、格好の案件として思いついたのが山陰工場の建設だった。
「これが最後の工場だろう」と思うと、何としても建てたかった。

昭和56年の暮も押し迫ったころ、明日はクリスマスイブという日だった。
ある会食を終えた小田は、その足で浮田を行きつけのクラブに誘った。
店の中はどの女性たちもサンタの赤い三角帽子をつけており、クリスマスソングに乗って華やいでいた。
「社長、洒落た店をご存知ですね」
浮田は金にはうるさかったが女には興味がなかったから、こうした女のいる店はあまり知らなかった。
実際、ケチだったからあまりもてない。それを自覚しているからはじめからこういう店には近寄らなかった。
ひとしきり飲んだころ、
「ちょっと、2人で話があるから呼ぶまではずしてくれ」
小田が女たちを下がらせた。
「浮田さん、わが社の製造能力は十分なのですか」
「そうですね、このまま販売が伸び続ければいずれ厳しくなると思いますが、今のところ当分は大丈夫でしょう」
「工場が山陽路側ばかりに偏っていると思うのですが、山陰のほうには要らないのですか」
「あったらいいとは思いますが、もう少し市場が伸びませんと工場を造るというところまではいきません」
「今はどうしているのですか」
「広島工場と岡山工場から送っています」
「そうすると輸送費がかなりかかりますね。それを考慮すると工場維持費くらい出るのと違いますか。いずれ必要になるのなら早めに建てたらどうですか」
「はあ」
浮田は、小田の意図がまだよく飲み込めない。いぶかしげに生返事をした。
「私もそれほど長くないと思うのですよ。ここらで何か軌跡を残しておきたいと思いましてね」
小田が続けた。
「それが工場建設ですか」
「……」
小田は無言でブランデーをあおった。一呼吸おいて、
「工場を造るとしたら、どれくらいかかりますか」
「そうですねえ。まあ、規模にもよりますが、ざっと7、80から100億といったところでしょうか」
「そんなにかかりますか」
「土地代から含めますとそれくらいはかかるでしょう。場所をどこにするかですね」
「山陰ではやっぱり米子でしょうね」
「米子の工業団地あたりだと、やっぱり90億は下らんでしょうね」
「そうですか」
自分で聞いておいて額の多寡にはあまり真剣みを示さない。
「建設業界ってのは、まともな計算通りのやり取りじゃないんでしょう。リベートだの裏金だのって動くそうじゃないですか」
「一部の世界じゃそんなこともあるようですが、どこもそうだというわけじゃありません」
浮田は、まだ小田の意図がよくわからないだけにうかつに話にのれない。
「まあ、そう硬いこと言いなさんな。私もあなたもしょせんサラリーマンじゃないですか。いつまでも組織にこき使われてばかりじゃやりきれんじゃないですか。私も、もうそれほど先が長いわけじゃないですから」
「なるほど、そういうことでしたか」
「いやいや、私は何も言ってないですよ。そんなこともあるのかなってちょっと聞いてみただけですよ」
「なるほど、わかりました。検討してみましょう」
「……」
小田はハッキリとは言わなかったが何を言わんとしているのか、浮田は敏感に嗅ぎ取った。
クリスマスキャロルの中で何かが動き出そうとしていた。

当時、大手ゼネコンのバックリベートは3%が相場と言われており、ひどいときには5%とも言われていた。
それらの金が全額発注元会社に還元されるということはない。
一部はリベートとして誰かの懐に流れていったり、一部は工作資金として裏金になって闇の世界でプールされた。
今ほど、企業倫理やモラルがうるさく言われない時代である。

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