ナビゲートのロゴ

会社プロフィール

045-561-2251
お問い合わせボタン

掲載記事

  • Lボタン
  • Mボタン
  • Sボタン

企業と人材 第40巻903号2007.05.20

掲載記事

特集 社員の自主性を基本にした 能力開発を進める
【解説 自主性を基本にした能力開発の推進 ---その意義と運用上の工夫を考える】

<以下掲載内容>

【自主性を基本にした制度の歴史を振り返る】

■伝統的な自己啓発援助制度
企業内教育において、社員の自主性を基本とした研修のしくみは古くから存在していた。代表的なものは、通信教育を中心といた「自己啓発援助制度」だ。これは社員の自発的な学習に対し、会社がその費用の全額か一部を援助するという趣旨の制度だが、学習の進捗や結果の管理が可能ということで通信教育が主流となっていた。
通信教育以外では、社員が希望する社外セミナーへの受講を援助したり、職務で必要な資格を取得するための講習会受講料や受験料を会社が援助したりといった制度も普及していた。さらに、終業後などに語学学習のために教室を開設し、希望者は無料かわずかな参加費だけで学習できるような環境を提供している企業もあった。

■制度の位置づけの変化
このような制度は、古い企業では20年以上前から導入されていたが、バブル期にはさらに多くの企業が競うように導入を進めた。しかし、各企業がこのような制度に大きな効果を実感していたかと言うとそうでもない。
自己啓発の通信教育は、働きかけをしないと年々受講率が低下するし、語学教室は初回はそれなりの人数が集まるものの回を重ねるごとに参加人数が減ってしまう。資格取得も簡単なものは別として、少し難易度の高い資格となると、受講料や受験料を援助する程度では取得者の増加には繋がらなかった。それでも多くの企業は、これらの制度を社員教育全体を補完するために必要な制度と位置づけ、長い不況期に研修予算が削減されるなかでも運用し続けてきた。
ここ数年、団塊の世代の大量退職に伴う世代交代や大量採用などもあり、企業内研修が再び活発に行われるようになってきた。長らく研修をやってなかった企業では、やはり会社が指名し必須で受講させる研修を中心に取り組んではいる。しかし、一部の企業ではその割合を少なくし、社員の自主性を基本とした研修制度のウエイトを高めている。しかも従来のように補完的な制度としてではなく、必須の講座と同等の位置づけで運用しはじめている。
本稿では、近年の各企業で実施されている自主性を基本とした研修制度をバブル期に導入された制度と比較しながらその意味を考え、どうすればより効果的に運用できるのかについて考察してみたい。

【研修制度としての違い】

■バブル期に導入された制度
バブル期は団塊の世代が40代にさしかかった時期だった。当時はまだ、ポストによる処遇と年功色の強い賃金制度となっていた企業が多く、団塊の世代がポストを必要とし賃金が急上昇する40代になっていくことが大きな問題となっていた。
ポストには限りがあるが、それでも団塊の世代に上昇する賃金に見合った働きをしてもらわないと生産性が著しく低下する。そのため、能力開発の重要性が強く認識されるようになっていた。一方で各企業は、年齢やポストではなく、能力によって処遇を決定する能力主義の人事制度への移行を進めていた。そして、能力によって処遇が決定する制度を入れるからには、会社側も能力開発に力を入れるべきだと考えていたし、従業員側からも能力を身に付けるための機会を会社が提供してほしいという要求がなされていた。
この要求を満たすための教育機会は、全社員に平等に提供されている必要がある。しかし、全社員に集合研修を平等に受講させるのは、時間的にもコスト的にも無理があった。そうした中で、全社員を対象にできる自己啓発援助制度は、時間の問題は解消できるし、本人負担を入れればコストも少なくてすむ、非常に目的にかなった制度とみなされていた。

■導入の背景には採用競争
バブル期の後半は人材難が叫ばれ、各企業が採用戦争に走った時代でもあった。超売り手市場で各企業は採用のためならコストを惜しまなかった。そのころ、面接にくる学生からの質問で一番多いのが「寮や社宅には入れますか」で、二番目が「御社の研修制度について教えてください」だと言われていた。そのため企業は、何らかの研修制度を持っている必要があったし、他社が持っている制度は持たないわけにはいかなかった。
そうなると、一番手っ取り早く、学生にも受けの良い制度が、自己啓発を援助するという制度だった。特に通信教育の制度は、社員向けに案内する自社の社名入りの冊子を教育機関が作ってくれるし、その中に研修制度全体の案内を掲載することもできた。
企業によっては学生の会社説明会で配布するところもあったし、新たに通信教育を導入する企業の担当者の中には導入目的を「採用のため」と言い切る人までいた。

■節税効果と制度の実情
当時は、公的な給付金制度が利用しやすかったことや各社とも業績が好調だったこともこれらの制度の普及に拍車をかけていた。会社が教育に費用を使っても、その半額か3分の1は公的な給付金制度で還付され、残りの費用の約半分は節税効果があった。つまり、企業にとっては、全社員に平等な研修制度を持っていないといけないというニーズを、比較的小さな予算で実現することができたわけだ。 もちろん、こうした背景は制度導入を検討する段階での一部の企業におけるきっかけに過ぎずない。真剣に能力開発に取り組もむために制度を導入した企業もあるし、制度を導入してしまえば担当者はその普及に努力していた。しかし、最初に興味本位で受講した人や一部の受講マニアのような人を除くと、それほど多くの社員が活用したわけではない。
各企業では受講率を上げるために、OJTの一貫として上司が受講を促す仕掛けや、通信教育の修了を昇格の要件に組み込むなどの工夫もなされていた。ところが、強制力を強めると趣味的な講座や機器付きの講座など、業務との関連性が乏しい講座に申込が片寄るし、受講する講座が指定されると、教材で学習することよりもレポートの設問の部分だけを拾い読みして修了しさえすればいいという風潮に流れてしまっていた。

■近年の自主性を基本にした研修制度の特徴
近年、公募制の研修、選択型の研修、オープン研修などの名称で呼ばれる研修制度を導入する企業が増えてきている。自主性を基本としているという点では旧来の自己啓発援助制度と同じだが、その考え方や内容は大きく変化してきている。
まず、自主的に選択させる講座が、通信教育に限らず、集合研修や外部セミナーなどのコスト負担の大きなものに広がっている点だ。また、研修の形態に着目すれば、e-learningの学習管理システムを導入し、外部から購入したコースウエアだけでなく、自社内で開発してコンテンツと合わせて提供するなど、通信教育に比べると運用の手間がかかる方向に多様化が進んでいる。また、従来であれば指名・必須の講座に位置づけられていたマネジメント関連の講座や実務との関連性の強い講座も、自主性を基本とする講座群に位置づけている企業があることも見逃せない。
このように、もはや研修全体の中での補完的な位置づけではなく、指名・必須型の講座と対等の1つの柱という位置づけとみなすことができ、過去の制度とは違ってものとなっている。
今日、各企業が重視しているのは人材育成によっていかに競争力を高めるかであり、そのための方策として自主性を基本とする研修制度のウエイトを高めてきているのである。

【自主性を基本にするようになった背景】

■経営側の教育ニーズ
最近の各企業の研修への取組みを見ると、指名・必須型の研修が減ったわけではない。各種の認証制度に関連した教育、企業倫理やCSRなどに関連した教育、評価制度の変更などに伴う教育、内部統制などしくみの変更に伴う教育など、企業が社員に受講させるべき教育テーマはむしろ増えている。それでも公募型・選択型の研修を準備しているのは、企業が社員に学習させたいテーマがさらに多岐にわたるためだ。
経営のスピードが加速し、顧客の要求事項がますます高度化する今日では、企業は停滞することは許されない。企業間の競争は人材力で差がつく可能性があり、人材への投資を積極的に行うべきという認識が広まってきた。
しかし、意欲がある人にもない人にも万遍なくばらまく従来の教育のやり方では、投資効率は上がらない。どうせ投資するなら学習意欲の高い人、学習した内容を活かす可能性の高い人に集中的に投資したほうが見返りも大きいはずである。
指名・必須型の研修を最小限に留め、意欲のある人が自主的に参加する研修の割合を増やしてきた背景には、こうした経営側のニーズが存在している。そこでは、かつてのように全社員に平等に研修機会を提供するという発想は二の次で、むしろ、意欲的に研修に参加する人としない人に差がつくことは歓迎といったところのようだ。

■社員の学習環境の変化と学習ニーズ
インターネットが普及して以降、企業で働く人の情報の入手方法は大きく変化した。業務の過程で疑問や不明点があれば、ネットを検索し、比較的容易に情報を入手することができるし、関連書籍も簡単に探せるようになってきた。また、社内外のネット上のコミュニティに参加して質問し、他の人の知見を得ることも容易になった。
もちろん、誰もがネットを有効に活用しているわけではない。それでも、情報入手の手段が広がったことで、持っている情報の格差やバラつきは激しくなってきた。その結果、学習に対する関心やニーズにも個人差が大きくなってきた。
かつては同じ企業に勤務している人の持つ情報は似たり寄ったりだった。研修ニーズの個人差も小さく、研修の満足度や効果もあがりやすかった。ところが、参加者の予備知識やニーズに個人差が大きくなると、誰もが満足する研修を実施することが難しくなってしまった。
しかしながら、情報入手が容易になったからといって、学習ニーズが低下したわけではない。むしろ、個人の学習ニーズや意欲は高まっている。情報が氾濫すればするほど、断片的、表面的に知り得た知識を体系的に学習してみたいというニーズが出てくるし、情報に触れ何か関心を持つと、その関心にあった研修であれば受講したいという意欲も生まれてくる。
また、成果主義の人事制度が定着してきたことも、個人の学習に対する姿勢に影響を与えている。自分自信のキャリアは自分で責任を持つという発想が当たり前となりつつあり、学習の要不要の判断も会社に決められるのでなく、自分で決めるという傾向が増してきている。

■学習効果の問題
会社から義務づけられた研修を受講する場合、少なからず不満や抵抗感を抱く人が多い。それでも研修が開始されれば、教材やプログラムの面白さや講師の技量により、受講者の興味を喚起し、学習に引き込んでいくことはできる。
しかし、学習への抵抗感が強い場合は簡単ではない。今日では要員にゆとりがなく、長時間労働が常態化している職場も多い。そういうなかで、通信教育を義務づけられたり、集合研修に呼び出されたりすることの抵抗感は以前よりも強くなっている。研修に参加しても、「何のための研修なのか」という入り口の部分で不満を示す受講者も少なくない。そうなると、研修にも集中しないし、周囲との協調もしなくなる。その結果、研修の雰囲気が壊れ、研修全体の満足度や学習効果も上がらなくなってしまう。 逆に、本人が必要性を感じたり興味を持っていたりするテーマの研修であれば、最初から学習意欲が高い。いわゆる内発的に動機付けられた状態にあるためだ。しかも、自分で希望し、忙しい時間を縫って参加した研修であれば、何かを学んで帰ろうという姿勢も強いし、研修後にも学んだことを活用しようとする意欲も高くなる。
つまり、近年の自主性を基本とした研修は、学ぶ気のない人を研修の場から遠ざけ、効果が疑問視されていた研修を改善する手段でもあった。それによって意欲がある人の学習度を高め、人材育成への投資効率を高めることを可能としている。

【自主性を基本にした研修の位置づけ】

■企業内研修の分類
企業内研修の分類は、伝統的にOJT、off-JT、自己啓発という分類がなされてきた。この分類は、主に指導や学習の形態に基づく分類だと思われるが、同時に教育の主体が誰にあるかという文脈で用いられることもある。今日のように研修の形態が多様化してくると、この3分類では議論に混乱を招きやすい。そこで、この3分類に含まれる指導・学習形態という軸と教育責任者という軸を、それぞれわけて整理してみたい。
まず、指導・学習形態は、講習会形式、対面指導、独習・個人学習の3つに再整理する。これは、指導者と学習者の関係の基本形が、1対多の関係にあるか、1対1か、あるいは指導者がつかず学習者のみで学習を進めるかによって分類している。
講習会形式が教育の効率という点ですぐれているのに対し、対面指導は学習者の習得度に応じて個別的できめ細かな指導が可能という点で利点がある。独習・個人学習は、学習時間の確保やペース配分という点での柔軟性が高いが、すぐれた教材か適切な課題が必要となる。 一般に言うOJTでは対面指導が想定されている。これが適切に行われるならば最も大きな効果が大きく、目に見えたコストも発生しないため、企業にとっては最も期待の大きい教育手段とされている。しかし、実際には、学習者の数だけ指導者を必要とし、それぞれ個別に指導の準備をするわけだから、最もコストのかかる教育手段だと言える。そのうえ、指導者も学習者が学ぶべきすべてを教えることができるわけではない。そのため、社員に必要な教育を行うには、他の2つの形態を併用せざるを得ない。 自主性を基本とした研修は、この講習会形式と独習・個人学習の形式が対象となる。対面指導では指導のペースが学習者に合わせられるが、講習会形式では学習者が講師や教室のペースにあわせなければならない。また、独習・個人学習形式では学習者が自分で進捗を管理する必要がある。これらの状況でストレスを感じず学習を進めるには、自分の意思で学習していると感じられることが重要だ。そのため、自主性が重視されていることは大きな意味を持つ。

■教育責任者と自主性の議論
教育責任者という軸のほうは、会社、管理者、本人という分類となる。会社の責任は、通常、人事教育部門と事業部門によって代行される。管理者とは、本人の労務管理や育成責任を持つ人で、直属上司であり所属長となる。そして本人とは、学習者本人が自分自身の成長に責任を持ち、学習を選択することを指している。
自主性を基本とする研修は、言うまでもなく本人の責任にゆだねられる研修を指している。しかし、責任のすべてを本人に任せてしまうわけでない。学習してほしい研修のメニューや研修費用の大半は会社の責任で提供するし、管理者には本人に対する適切なアドバイスや時間の確保が期待されている。そのうえで学習するかしないか、どの講座を学習するかの選択を本人にゆだねられた制度と言える。
つまり、しくみとしては会社、管理者、本人が協力して進める教育となっている。そうした中でも学習の始発性が本人の意思が尊重されることで、その学習に対する動機づけを強め、学習効果の最大化を図っている。

■学習内容との関連
企業内で実施される教育を内容面から見ると、その企業固有の知識や技能の教育か、一般的・汎用的な知識や技能の教育かに大別できる。さらに、知識や技能ではなく、個人の意欲や態度面に焦点を当てた内容の教育がある。
こうした分類のどれであっても、緊急性や戦略性の高いテーマの教育であれば指名・必須型で進める必要がある。近年では企業倫理に関する教育など、一般的な講座であっても必須の形で実施されてきた。また、対象者全員に完全な習得が求められる教育はOJT(管理者責任・対面指導)で実施するのが適している。職務における基本動作や基礎技能の教育などがここに該当する。
それ以外の教育は、どういう内容であれ自主性を基本とした研修に移行して構わない。
ただし、一般的・汎用的な知識や技能の教育や、個人の意欲や態度面に焦点を当てた教育であれば、社外の商品化された教材はプログラムを採用すればいいが、企業固有の知識や技能の教育については、教材や教育プログラムとして構成できてることが講座として成立する条件となる。

【効果を上げるための方策】

■実施の是非と募集時の工夫
能力開発を進めるにあたり、自主性を重視するかどうかの議論には賛否がある。必要な教育は本人の意思に関わらず行うべきだし、社員も学ぶ義務があるという意見も根強い。しかし、そのことと自主性を基本とした研修を導入することは矛盾するものではないし、必要な教育は行っていけばいい。また、組織の成熟度との関連も考慮する必要がある。まだ基本的な内容の研修をしっかり行っていくべき時期で、その効果が上がっているうちは、そこに注力したほうが望ましい。
一通りの研修を実施し、より幅広い講座に対するニーズが発生したときが、自主性を基本とした研修へシフトしていくタイミングと言える。しかし、最初は期待通りに受講者が集まらないという問題にぶつかる。通信教育であれば問題にならないが、集合研修の場合、あらかじめ日程を押さえていた講師に迷惑もかけるし、日程をキャンセルすると次回から良い講師の日程が取りづらくなることもある。 慎重にやろうとするなら、最初は受講者が集まりそうなテーマに絞ってテスト的に実施し、徐々に増やしていっても構わない。社員のニーズと企画が合致するのは簡単ではないし、教育スタッフが社内マーケティングに力を入れることも欠かせない。
また、公募形式の研修でも、上司推薦を必要としている企業も多い。部下に研修を受講させたいと思っている上司は少なくなく、上司が指名して研修に参加させてくる。上司であれば部下の成長度や業務の状況の把握しており、上司からの指名であれば、比較的前向きに参加する傾向がある。
また、募集に当たってはねらいとプログラム程度ではなく、内容に関してもちょっとした解説があるほうが望ましい。少し手間ではあるが、参加するかどうかを迷って止めたという人は多く、内容がわかると一押しする効果が生まれやすい。

■運用上の工夫
通信教育や語学教室など、長期にわたる研修では途中でリタイヤする人が発生してしまう。これを防止するために、修了に対して評価や金銭的なインセンティブをつけるということが広く行われている。これらは確かに効果はあるが、学習そのものよりも修了することが目的化し、学習度は低下してしまうという弊害もある。
そのため、できる限りインセンティブ以外の方法を工夫をしてほしい。基本は上司が部下の学習に関心を示すことで、時々質問したり、学習が終わったあとの業務や次のステップの学習などを話してやると意外に効果的た。これは公募・選択型の研修の受講を促す場合も同様だ。学習に対する報酬には、身に付けた能力を使ってやることが最も意欲を高める手段となる。
また、自主性を基本とする研修制度では、受講者が偏るという問題が指摘されるが、このことについては学習しない人が悪いと割り切るべきだと思える。ただ、上述した上司推薦のようなしくみを入れておくと、上司が職場状況を考えて受講者を指名し、比較的バランスのよい状態が生まれやすい。
こうして考えると、自主性を基本とする能力開発では、管理者の役割が非常に重要だということを改めて実感する。上司がうまくアドバイスやサポートをしている職場ほど、研修への参加状況がよく、学習も促進されるからだ。つまり、自主性を基本とする能力開発を進めるには、まず管理者の理解を深めることが重要であり、管理者の協力をどこまで引き出せるかに成否がかかっていると言える。

「企業と人材」40/903号 より

このページの先頭へ