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大山一夜

更新 2016.05.30(作成 2011.12.22)

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第6章 正気堂々 31. 大山一夜

平成5年はバタバタと慌ただしかったが、プロパー役員による本部長の誕生や中期経営計画のスタート、研修センターの開設も間近となるなど、希望の多い幕開けだった。
そんな2月の中頃、一年のうちで一番寒いときである。久し振りに豊岡が電話してきた。組合を降りて以来接点が少なくなっていたこともあるが、お互い業務の多忙でご無沙汰になっていた。大山に遊びに行こうという誘いだった。
「植村さんが大山の山小屋に招待してくれるそうなんや。お前はスキーを楽しめばいいやろ。みんなでわいわいやろうということになったんや」
平田は、山小屋、大山でのスキーという2つの魅力に「ぜひ連れて行ってください」と、迷わず飛びついた。
広島のスキーヤーにとって大山でのスキーはちょっとした贅沢な遊びである。雪の質量が広島とは全く違うので広島のスキーヤーには憧れのスキー場である。しかし、広島からは遠く日帰りも出来ず気軽に行くにはちょっと躊躇する。それにホテルの宿泊代などを考えると手軽には行けない。それが本格的山小屋に泊まれてスキーができるのである。仕事は忙しかったが滅多にないチャンスだ。平田は二つ返事でOKした。
植村健は尾道営業所の所長で、日本山岳協会に所属する本格的なアルピニストだ。日本の主な山は大体制覇していて、近々、世界第2高峰のK2登頂に挑戦するパーティへの参加を計画しているらしい。
世界最高峰の山はヒマラヤ山脈のエベレスト(8,848m)だが、その次に高い山が同じヒマラヤ山脈のK2で8,611mである。高さではエベレストに適わないが登頂の難しさでは世界一らしい。
そんな植村が連れて行ってくれた山小屋は、大山中腹の大山寺という温泉街の外れに位置して、目の前に大山が聳え立っている絶好のロケーションである。
大きさは床面積30坪くらいはありそうなログハウスで、小屋の大きさに似つかわしくない小さな台所とトイレがあり、1階床の真ん中に大きな薪ストーブが置かれていた。もちろん天井などない。中2階に板床のロフトが壁際をグルリと一周しており、落ちないように低い手摺りで囲ってあるがヒョイと顔をのぞかせばどこからも下が見える。1階が一杯になればここでも寝るのだそうだ。肩を寄せ合えば4、50人は寝れるのではあるまいか。
この小屋は植村の出身高校の山岳部が所有しているもので、豊岡らのために利用を申し込んでくれたらしい。
日本中のいろいろな山岳会があちこちにこんな山小屋を持ち、山男の大らかさと優しさ、それと命を預けあう信頼感のようなものが山を愛する者は誰をも受け入れてくれるようだ。
この日は平田らの他に5、6人の愛好者であろうと思われる人たちがいた。
豊岡は板前に作らせたのであろう、1人では抱えきれないほど大きな鍋におでんを山ほど作って持ってきていた。メンバーは5人であるが他の客にも振る舞うつもりなのであろう、大変な量である。ダシ汁がこぼれないようにガムテープを蓋に巻きつけ、それをビニールの袋で包み、さらに大きな風呂敷で包んであった。それを薪ストーブの上に置き、温まるのを待った。
大山は標高1,709mと比較的低い山ではあるが中国地方では一番高く、冬の大山はアルプス登山を目指す人が訓練のために登るほど厳しい顔を持っている。その一方で、富士山によく似た裾野の広いフォルムは、“伯耆富士”の異名を冠せられているほど美しい姿をしている。
植村は登山家らしく、早速2階の窓から夕日に赤く染まった大山に見入り、ロマンにひたっている。平田が横からのぞくと「どうよ。すばらしいやろ」を連発してきた。心は大山頂上を目指し躍っているのであろう。
少し右手横に広がったナイター照明に輝いているゲレンデに「あれがスキー場よ」と指を差した。夜はスキーヤーも少ない。数人のスキーヤーが思いっきり雪を巻き上げシュプールを描いている。平田は夜が明けるのが楽しみだった。スキーをするのは平田だけで、あとのメンバーは大山を愛でながらの懇親が目的である。
宴会も一息ついたころ、「夜の大山を体験してみよう」と豊岡が平田を外に連れ出した。山中の夜である。マイナス何度であろうか、とにかく寒い。雪もサラサラで握れないパウダースノーだ。
軒下の壁に身をもたれ掛けた豊岡は、なにか言いたそうに平田が落ち着くのを待った。
「どうしたん」平田も横に同じ姿勢を作って豊岡の横顔をのぞき込んだ。
「あのな……」豊岡は周りを気にしながら声を落とした。
「今度新規事業で外食店を出すやないか。それに吉田さんが応募するって言うんよ。それも転籍でな。とんでもない話やんか。どう思うや」
吉田は組合を引退した後、今年の異動で営業部の専門役という管理職の一角に昇進し、スーパー市場の開発を担当していた。
「そうなんですか。しかし、人事にはまだ何も来てませんけどね」
「まだ事業計画が固まってないからよ。そんなんに応募してどうするんよ。止めさせようや」
「なんで応募するかを確認せんといかんでしょう」
「なんでも将来自分でラーメン屋を出したいらしいのよ。そのための勉強で転籍せんと本気が出んからや、と言うのよ」
「なるほどね」
平田は2年前、河原が辞めていったときのことを思い出した。
“皆自分の夢のために生きている。サラリーマンとしての安定や気軽さよりも、やりがい、生きがい、手応えを求めて必死で生きていこうとしている”
「平田よ。もし、転籍となったら人事はいい条件を出してくれのう」
「それは難しいでしょう。事業計画で強制的に行う転籍なら条件設定が大事になりますが、個別事由で制度を壟断するわけにはいきませんよ」
豊岡は吉田のことを思う一心で言ってみたまでで、それ以上は食い下がってこなかった。その気持ちは平田にもよくわかった。
しかし、そう言いながらこのことは平田の意識の奥深くに刻み込まれる事象となり、後の制度構築に大きな影響を与えることになる。
また1人大事な仲間が遠くへ行ってしまいそうな寂しさと夜の寒さで身体が震えた。

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