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渋谷区某大通り、雑居ビル3階から愛をこめて

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大田チヅル(仮名 大学生)  2006-02-13

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渋谷区某大通り、雑居ビル3階から愛をこめて

初めてわたしが「ホームページ・デザイナー」として仕事をしたのは、まだ現役の女子高生、16歳かそこらだった。時代の先端を行くオタク少女としてパソコンにどっぷり浸かっていたわたしは、友だちのお父さんの紹介で、渋谷にある輸入ブランド品店のサイトを作ることになったのである。
当時はインターネットの常時接続(ADSL)が普及しはじめたばかり。ホームページ作成を代行する業者も少なかった。今から考えると信じられない話だが、デザインと言ってもそれほどのスキルは要求されず、既成のソフトを使ってhtmlを組むだけでも需要があった。とりあえずお店から要望されたとおりに画像を集め、コンテンツを揃え、半年ほどかけて無事インターネット上にサイトを開設!ーーこうしてわたしは約束の報酬を受けとり、はればれした誇らしい気持ちでこの仕事を終えた。だが......
2、3カ月ほど経って、このお店の社長さんから電話がかかってきた。
「あのホームページ、作ってもらったのはいいんだけど、今ほったらかしになってるんだよね。更新できる奴がいなくて。ヒマな時間のアルバイトでいいから、うちの社員にやり方を教えてもらえないかな?」
確かにネットで眺めてみる限り、このサイトがいじられた形跡は少しもない。
自分で作ったものにはやっぱり愛着もあるし、高校生にとってはまれな「時給1,000円」につられたわたしは、一転「パソコン・インストラクター」として、週に一度、渋谷のお店まで通うことになったのだった。

初めてこの会社を訪れて、正直驚いた。渋谷の大通りに面した雑居ビルの3階、2階の金券ショップと4階のデートクラブに挟まれて、こじんまりとまとまった小さなオフィス。だいたい十畳くらいだろうかーーの中に、大きなショーケースが1つと、棚が3つ、長い事務机の上にパソコンが2つ。壁に寄せられた棚にはブランドもののバッグや時計、アクセサリーが並べられている。よくあることだけれど、ネットに載せていた店内写真と実物とは、大分印象が違っていた。
もともと渋谷には縁がなかったし、オタク女子高生にとって、ブランド品や香水はなおのこと馴染みがない。分厚いめがねと地味な制服姿で、うっかりエレベーターのボタンを押し間違えないように注意を払いながら通ってくるのは、なかなかスリリングだった。そしてここでのインストラクター体験は、それに輪をかけて、奇妙なものだった。

わたしがエレベーターを抜けて入って行くと、あかぬけた服装の女性が3、4人、タバコをもうもうとふかして事務机に座っており、カタログやファッション誌のページを繰っている。「こんにちは」。そしてわたしがパソコンの前に落ちつくと、おっとりした「小谷さん」が、ホームページ作成ソフトの使い方を勉強することになる。
「小谷さん」には、不思議なことに呼び名が三種類ある。「小谷」「まーな」「やすこ」......他の女性たちにしてもそうで、「飯田」「あさみ」「よしえ」、「渡部」「ゆりな」「みつこ」といった具合に、呼ぶ人によって呼称が使いわけられていた。最初は一風変わったあだ名なのかと思っていたが、彼女たちの雑談に耳を傾けていると、名前のどちらかは源氏名らしい。
彼女たちは、キャバクラなどで社長に誘われ、副業?としてここで働きはじめたのだそうだ。ときにはそのまま夜の仕事に出勤することもある。

社長に課せられたわたしの役目は、社員の1人をホームページ更新のできる一人前に育てあげること、だ。だが2、3回通った時点で、小谷さんがページ更新まで到達する見込みは、ほとんどゼロに近いことを悟った。
「小谷さん、次はここをクリックしてください」
「あっ、間違えちゃった。千鶴ちゃん、消えちゃったー」
「大丈夫です。もう一度最初からやってみましょう」
「ごめんね、ごめんね、時間かかっちゃうね」
こう言いながら、同じ間違いが幾度となく繰り返された。わたしの説明をメモしていても、次の週にはそのメモがなくなっているので、もう一度同じことを説明しなければならない。ときには新しく作ったものを消してしまう。わたしとしてはとくに文句を言える立場でもないので、その果てしなさに付き合いつづけるしかない。
もっとも慣れてしまえば焦りもなくなり、そこまで嫌な気もしなくなった。

副業として割りきっているせいだろうか、ここでは皆マイペースに仕事をし、雑談に花を咲かせることもしばしばだった。どこの永久脱毛は痛くないだの、夫を水商売から連れ戻す方法だの......もちろん高校生のわたしには非常に参考になる。おしゃれに疎そうなわたしも含めて、美容師免許をもつマリンさんが全員の前髪を切ってくれたりした。一番年長らしいアサミさんは、「タカちゃん(社長)はあたしのブランド品の知識を利用してる、あたしもタカちゃんを利用するだけ」と公言していた。「千鶴ちゃんもそう考えれば分りやすくなるよ、あとくされもないし」。そんなアサミさんはしょっちゅう遭難の悪夢を見ていた。
「千鶴ちゃんシュークリーム好き?」
「わあ、ありがとうございます」
こうした余計な時間をたっぷり使ってグズグズ教えていたわけだから、わたしは確かにバイトをさぼって給料をくすねていたようなものだ。とはいえ、状況は変えようがない。外からやってきて年端もいかぬ高校生が、職場の雰囲気や社員の性向に逆らうことはまずできない。たとえ上の立場から説明を与え操作を指示するとしても、勤務態度そのものに言及して改めさせたりすることは、絶対にできない。
そもそも、わたしには口出しする権利がない、と感じていた。ホームページ更新のために、わたしは小谷さんが変わるのをのんびり待つことしかできなかった。

渋谷に通いはじめてからすでに数ヶ月が過ぎた頃、小谷さんの姿がオフィスから消えた。説明しにきた社長の声を聞きながら、わたしはポカンとするよりなかった。
「このあいだ里帰りしたとき妊娠してたことがわかって、実家に帰るってよ。まったくふざけやがって、彼氏も彼氏だよ」。
急なことだったし、わたしも「せっかく教えたのに」と心外に感じるべきだったかもしれない。だがこの話を聞いたときには、無事に子供が生まれるといいなあ、といった考えしか浮かんでこなかった。
それからまもなく替わりの女の子が入り、同じようなレクチャーを繰り返した。手ごたえも似たようなもので、相変わらず埒があかない。会社の方でもそれがわかってきたのか、操作の簡単なオンラインショップを借りることにして、自社ホームページはますますなおざりにされるようになった。他のメンバーも去りまた新しい人がやってくる。居づらくなったわたしは、高三になるのを期にこのバイトをやめることにした。わたしは今でも一緒になった1人1人の顔を覚えていて、街で出会えばわかるのだが、もう二度と言葉を交わすことはない。そう思うと、不思議な感じがする。

さらに半年ほど経って、商品をブランド品から輸入下着に切りかえるから、もう一度別のページを作ってみないかという電話をいただいた。が、今度は受験があるのでと断り、転居したというオフィスの住所を控えておいた。大学生になってからその場所を訪れてみると、そこにあったのは携帯ショップで、もう輸入下着屋ではなかった。


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