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統合の要点

更新 2015.12.15(作成 2015.12.15)

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第7章 新生 81.統合の要点

平田が新田の部屋を訪ねたのは、2001年の正月明けの1月10日だった。会社全体にどこか正月気分も抜けやらぬ浮ついた気分がまだ残っていた。
こんな問題で正月気分を煩わせてもと思って年を越してしまったのだが、結局平田は新田に快い返事をもらうための言い訳は何も思い浮かばないままだった。
何の策も浮かばなかったが飛び込むしかないと思って意を決し、新田の部屋を訪ねた。1月10日の午後だった。正月のあいさつはもう済んでいる。
平田がドアをノックするといつものように「おう」と返事が返ってきた。
新田はなにやら書類に目を通していたが、入ってきたのが平田だとわかるとにわかに顔を曇らせた。
「ドアを閉めろ」と言うと、平田に一瞥をくれたきりプイと渋面を横に向けてしまった。いかにも話を嫌がっている様子だ。
部屋中に嫌な空気が流れ切り出しにくかったが、平田は思い切って新田の机の前で直立した。
「お願いがあって参りました」
恐る恐る切り出した。
「だめだ」
いきなり新田の拒否反応だ。
「エッ」
平田は、まだ何も言ってはいないじゃないかと驚いていると、
「委員長から聞いた。絶対だめだ」と、さらに念押しされた。
平田は、そうだったのかと状況を呑み込んだ。
もしかしたらそうなるかもしれないという期待のようなものが平田にはあった。それが3人の結びつきだからだ。だから坂本を1番にした。そのほうが話が進展すると思った。
ただ、新田のその言い方が駄々っ子のように聞こえてなにやら可笑しかった。そのお蔭で緊張が一気にほぐれた。
「そうでしたか。もうご存知だったんですね。でしたら私も話がしやすいです」
「じゃが、だめだぜ。何を考えとるんや。会社の一番大事な時にそんなことできるわけがないやないか。一体どうしたんや。何が不服なんや」
新田は溜めていたマグマを一気に噴き出すようにたたみかけてきた。
「いえ。不服とかじゃけしてありません。むしろ感謝しております」
「それじゃ、なんだ」
「委員長からもお聞きになったと思いますが、理由は2つです」
「うん」
新田は渋々ながら一応聞こうとする構えを見せた。
「まず、合併するって大変なことだなと痛感しております」
「その通りだ。わかってるんならこんなときに辞めるなんて言うなよ」
「いえ、そうじゃありませんで」
平田はとんでもないときにとんでもない事を言っている自分と、それを必死で止めさせようとする新田のコントラストがなぜか滑稽に思えた。
「私たちは身近にいても他人同士が打ち解けて心を許し合うってそう何人もいないじゃないですか。ましてや何千人もの人の集り同士、一つになるって至難の業だなと痛切に感じているところなんです」
「そうだ。それを纏める作業がこれから始まるんだよ。そんなときにお前がいなくて誰がする。ごちゃごちゃ言わんで止めろ」
「仰っていることはよくわかりますしありがたいと感謝しています。ですがその統合作業は私じゃないほうがいいと思います」
「なんでや。お前がやらなくて誰がやる」
「近畿に任せましょうよ。新しい会社は、新しい人が作ったほうがいいんです。私の役はもう終わったように思います」
「上手くいくか」
「内容は問わないのです。両方の制度を比較した時、どちらかと言うと中国食品のほうが進取的だし、斬新でしょう。その点近畿の制度は年功的資格制度でベテラン優遇の色彩が色濃く残っています。ですが、そこをあげつらったら永遠に統合はできません。そこは眼を瞑ってあなた方の思うようにやってくれとボールを預けたら彼らは何とかすると思うのです。とにかくまずは一緒になって改革はその次です」
「それじゃいつになるかわからんじゃないか」
「専務、お忘れにならないでください。改革が急がれるんじゃなくて、今は統合こそが急がれると思います。このままじゃ社員間の確執が深まってかえって会社のためになりません。私たち人事担当者同士も感情的シコリが残るだけで、ますます融合が遠のきます」
「それはわかっちょる」
新田の不機嫌な口調は変わらなかった。
「そのために私が居ないほうがいいんです。私が辞めればきっとそれが統合への引き金になると思います」
「そこがわからん。お前が居なくてどうなる」
「統合するときのネックはどちらかの制度理論に拘泥することです。彼らに任せたとしても、水準は足して2で割るというわけにはいかないと思うんです。どうしても彼らは自分の足を切らなければなりません。その苦しみを少しでも軽くしてあげなくては統合は進みません。そんな時、私がいればいやが上にも意地が邪魔します。少しの隙があれば私に押し切られたと思うことが癪になります。そんな葛藤から早く彼らを軽くしてあげることが統合の要点です。そのためには私がいないことです。近代化はその次です」
この論理には新田も考えるふうだった。新田自身も近畿フーズの制度や仕組みについて「古いのう」とか「遅れとるのう」とぼやいていたことから、中国食品の制度を押し出すことで一気に均してしまえると考えていたふしがあった。
しかし、いかに優れていても制度の進取性や斬新さで他社を席巻するようなことはできないのだ。平田が言っているのもそこだ。
新田もそのことはアプローチの仕方を変えなくてはと考えるようになった。
少し間をおいて、
「もしお前が辞めたら、残った社員は不安がるぞ。お前すら辞めた。今度の会社はどれほど酷い会社になるんや、あとの俺たちの処遇は誰が守るんやとな。そんな社員を放っぽり出してお前は辞めるんか」
「申し訳ありません。しかし、その不安はいずれ落ち着きます。考え方が古かったり、保守的なところはありますが、中国食品の社員になにか直接酷い事をするようなことはないじゃないですか。それに専務もいらっしゃいますし、組合もあります。それは大丈夫です」
「じゃがお前が居なくてうちの制度は誰がやるんじゃ」
「はい、大丈夫です。島田や柴田さんがいます。彼らはダイナミックに制度をクリエイトすることは得意とまではいかないかもしれませんが、忠実に運営することは誰にも引けを取りません。統合を近畿に任せるとなれば、制度を守り運営するのは彼らのほうが適しています」
「しかし、辞めることはないやないか。総務でも製造でもどこでも行かしてやるよ」
「ありがとうございます。そういうことでしたら、ここから2つ目の理由をお話しさせてください」
「なんだ」
新田の硬い表情は変わらなかったが少しは納得がいったようで、言葉の棘が和らいだ。

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