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企業価値算定

更新 2016.06.29(作成 2015.09.04)

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第7章 新生 71.企業価値算定

企業の価値を算定する方法の主なものとして、DCF(discounted cash flow)法(将来に渡り生み出すフリーキャッシュフローを推計して現在価値に割り引くもの)と、純資産価額方式(その会社が所有する土地、建物、有価証券などをすべて時価評価し、一株当たり価値を算出するもの)と、他にマーケットアプローチ法として、市場株価比較方式(上場会社の株価を株式価値とする方法)や類似業種比準法(類似業種の平均資産、純利益、配当金、平均株価との比準値をもとに企業価値を評価する方法)などがある。一般的M&Aで代表的算定法として個々に使われたり、或いは組み合わせて使われている。
こうしてお互いの企業の価値を算定した上で、合併時の株式の交換比率を決めるのである。
近畿フーズは純資産価額方式を主張してきた。
「株式の交換比率を決めるということは、一株当たりの価値を算定することですから純資産価額方式が理に適っていると考えます」
近畿フーズの交渉責任者は如何にも会社を代表する者らしく、最も有利な方式をここがスタートですといった構えで主張してきた。
この方式では大都会に位置する近畿フーズに物理的に有利になる。同じ土地面積でも大都会の近畿フーズは含みが大きくなる。
「純資産価額は過去から現在までの企業価値の蓄積には違いないが、合併は将来の価値こそ見積もるべきだ」
新田は強くそう考えていた。
「この方式は現在の価格を一面的に捉えるだけにすぎません」
新田はこの方式には組し難かった。
「それではDCF法をとりたいということですか。私どもではそれでもかまいませんが」
なぜかゆとりの応対である。その理由も理解できる。売り上げは中国食品の2倍あるのであり、将来にしてもそう大きく違うわけはない。それ故のゆとりである。
「そうではなくて株価を比率に加えてはどうかと考えます。株式というのは現在の企業価値のみならず、将来の収益力や成長余力みたいなことも企業価値として織り込んできます。これだけが全てというわけにはいきませんが御社の御意見と併用してはいかがかと思います」
近畿フーズの責任者は、てっきりDCF法を主張するものと思っていたから株価を持ち出されて面食らったようだ。
「株価と言いますとお互いの株価をですか」
「はい、算定の一つとして用いるべきではないでしょうか」
「しかし、株価こそ日々動きますし投資家の思惑によって動くものですからそれこそ当てにできないかと思いますよ。第一、いつを基準にするかがわからない」
両社の株価はすでに少しずつ動意付いていて、近畿フーズの責任者はそのことも気になっていた。どこかで情報がリークしているのかもしれない。そうなると適正な株価とはかけ離れたものになる。
「株価というのはその企業の収益力、資産内容、事業の将来性等あらゆる要素を織り込んで大勢の投資家の判断として決定されます。投資家というのはシリアスだし極めて現実的な行動をとるものです。しかも1人2人ではなく大勢として株価を決するものですから極めて公正ではありませんか。平面的な1指標にとらわれるのではなくこれら2つの指標を併用してはいかがかと思います」
「ウーン」
近畿フーズの責任者は考え込んだ。
「これは私一人の判断ではお答えしかねます。一旦持ち帰らせてください」
心構えがなかったことと、どの様に有利不利が働くか見当がつかなかったことでその日は持ち帰って検討することになった。
近畿フーズの中では、株価を算定基準に入れるほうが中国食品に有利になることはわかったが、そのウェイトの置き方次第ではそれもやぶさかではないとなった。そのウェイトは50%である。最大60%まで譲歩の余地はあると決定した。
合併当事者として忌々しい気分ではあったが、どうせ自分たちが存続会社であり呑み込んでしまえばこっちのものというまるで勝者のような鷹揚な気分で結論を出した。それは近畿フーズのほとんどの社員が抱いていた思惑である。
次回の合併協議会で、
「それではいつの時点の株価を基準にするかと純資産価額方式との併用割合を論じましょう。中国食品さんのほうで何か叩き台はありますか」
と近畿フーズのほうから持ち出してきた。
「そうですね。この合併協議会があらゆる議論を一つひとつ積み上げていく作業ですから予見を持つことは難しゅうあります。そこで合併期日から逆算していきますと、発表は10月初旬でしょうか。発表されますと株価は思惑に大きく左右されますので、その懸念が及ばない更にひと月前から逆算した1カ月間の平均ではいかがですか」
「そうしますと8月1日から8月31日の1カ月間ですね」
「はい」
「もうすぐですね。いいでしょう。その線で行きましょう」
「それじゃ、そういうことでお願いします」
新田は株価を算定基準に入れるかどうかを確認するまでもなく、期日を決定することで既成事実化してしまうことを急いだ。
「それではその組み入れ比率はどうしましょうか」
「私どもといたしましては、株価というのは総合的に企業価値を反映するものだと考えますのでその割合は7割にしたいと考えます」
新田はここが中国食品を最大限に高く売るための正念場だと考えた。そのためには純資産価額方式の比率を下げることである。
新田のシュミレーションでは、純資産価額方式が中国食品にとって1番不利に働き、市場株価比較方式が1番有利になることがわかっていた。DCF法はほぼニュートラルだ。
「それはいかにも大きすぎませんか。純資産価額方式は財務諸表に正確に記載された価値で、公認会計士や監査役にも見てもらっており客観的で1番信憑性があると思います。それに比べ株式はそれこそ不安定で曖昧なものです。それを7割というのは納得感がありません。やはり五分五分がいいとこじゃありませんか」
「それじゃ、御社の今の株価は会社の実力とはかけ離れた不適切な株価ですか。何か恣意的で意図的な思惑が働いておるのでしょうか」
新田は、算定比率決定前に意図的に株価が操作されるのを牽制する意味も含めてとぼけてみせた。
相手がたじろぐのを見透かしたように新田はさらに覆い被せた。
「そうではないでしょう。株価とは正直なものです。もう少し素直に向き合うべきではないでしょうか」

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