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プラスアルファ金利

更新 2015.05.25(作成 2015.05.25)

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第7章 新生 61.プラスアルファ金利

「今回の件は会社が得するためにやっているのじゃないんです。会社にはなんの得もありません。そんなズルイ考えで無理を言っているんじゃないことはわかってください」
「はい。わかります」
「この仕組みが成立しなかったらセカンドライフのシステムが完成しないのです。梶原さんには散々言っているのですがどうしても本社の壁が破れないのです」
「なるほど、わかります。しかしこのご時世でしょう。ご存知のように金融業界は今、大変厳しい状況にあります。営業最前線としては本社のソリューション営業部のほうで決めた方針を変えることは大変難しいのです。こういう案件は特別商品として別途、企画しなければなりません。通常の判断では大口定期は難しいでしょう」
「しかし、10億あるんですよ。一括で考えたら十分でしょう」
堤は少し間をおいて、
「これはわが社だけに特化してくれますか。他社さんにもシェアすることはありませんか」と条件を確認してきた。
「もちろんです。分散したら誰にもメリットがなくなります」
「そうなんですよ。それがちょっと気になったものですから。わかりました。それじゃそのことはお引き受けしましょう。私が責任をもって部長を説きます」
「本当ですか。ありがとうございます。やっと話が1歩前進です」
「他にまだなにかありますか」
「はい、実は。そのように話を呑んでもらって言いにくいのですが、ここまでは通常のビジネスです。ここでF信託さんに一肌脱いでもらいたいのです」
「はあ、なんでしょう」
「このシステムにプラスアルファの金利を上乗せしてくれませんか」
「えっ。まだ何かつけるのですか」
「だって、10億の金が黙って入ってきて大口定期預金の金利を付けて預かるだけでしょう。当然だと思うわけですよ。私でも預かります」
「ハァ」
堤は口元を歪めた。せっかく大口定期を呑んだのに、当然だと言われて気が悪かった。
「そこで、あといくらでもいいから社員のためにプラスアルファ金利を付けてもらいたいのですよ」
「しかし、平田さん。それはできませんよ。だって御社の社員さんのためになぜ私たちが身銭を切らなければならないんですか。その理由がたちません。たとえ1円でも私たちには大切なお客様の財産をお預かりして血の滲む運用で稼ぎ出した資金なんです。言われもなく支出するわけにいかないでしょう。これは絶対通りません」
堤は大口定期金利だけで用が足りると思って来たようだ。
「理由はあります。今回の10億は言わば降って湧いたような話で、御社にしてみれば営業努力はなにもいらない。そのコスト分の半分でも付けてくれませんか。これでは不十分ですか。通りませんか」
「なるほど。それは理屈ですね。一考の価値はあります。しかし、それだけでは難しいでしょう」
「あなた方も日本経済の屋台骨を背負っておられるんでしょう。こんな小さな会社の些細な要求を呑んでくれてもいいじゃありませんか。幹事会社でしょ。もし、あなた方がだめなら他行さんに持っていきます。それであなた方の筋目が立ちますか。本社からわざわざ来て他行に持っていかれたとなっては支店に対して言い訳がきかないのでは。私は本気です。わざわざ、あなたが本社から出てきてこれくらいのニーズを汲めなくて何の幹事ですか」
「それはよくわかります。しかし、わが社にはわが社の事情というものもあります」
「この話は他行さんには言っておりません。幹事銀行として顔を潰すわけにはいかないと思ったからです。もしお宅が嫌だと言うのなら、遠慮はしません。他行にそっくり持っていきます。ここまで話を煮詰めて持っていけば恐らく他行さんは受けるでしょう。ですが、私は敢えて他行さんへの投げかけを控えているんです。F信託さんに任せようと思ってね。御社の事情ということなら、他行さんに持っていかれるほうが痛いのと違いますか。もし話が漏れたら他行さんは怒るかもしれません。その辺の私の立場を掛けて提案しています」
「なるほど。そうですか。そこまで考えていただいてありがとうございます」
堤は少し心が動いたようだ。
堤は、それは貴方の勝手でしょうとは思わなかった。平田の心馳せに、それはそれで応えなければと思うところが堤の人間味だ。
「今わが社は退職金、年金の行方に全員が注目しています。このセカンドライフの仕組みの結末次第では年金行政の行方に大いに影響するでしょう。幹事は動かないとしてもシェアくらいは影響するかもしれません。組合だって黙っていないかもしれません。そんな幹事なんか外してしまえ、なんて騒がれたら私たちも何らかの措置を取らざるを得なくなりますからね。ここで些細な意地を張るよりよほど大きいのじゃありませんか」
「いやー、よくわかっています。頑張ってみましょう」
しかし、平田にはまだ本気度が伝わってこなかった。
「本気でやってください。梶原さんとのやり取りでおわかりでしょう。私も専務もこれの成否に本気で取り組んでいるのです。なぜだかわかりますか。この度私たちは大幅に退職金、年金を引き下げます。しかし、そんな削るばかりじゃなく社員のために汗を流すべきところは流して見せないと会社が沈みます。これは会社が得をするための仕組みじゃないのです。本気でお願いします」
平田は言葉を強くして新田と自分の気持ちを打ち明けた。
平田は、新田が「社員のためにこれはやらなくちゃいかんことだ」と言っていたことを今、胸をジーンとさせながら思い出していた。自ら言葉にしてみてその重みがさらに増幅された。
平田は堤を凝視した。

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