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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.7-40

村米制度

更新 2014.10.24(作成 2014.10.24)

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第7章 新生 40.村米制度

川岸は、勇気を振り絞って尋ねてみた。
「お米を分けてもらうのは難しいでしょうか」
「難しいも何も、米はどこにもありませんよ」
「少しもですか」
「はい。一粒も残っておりません」
「あの大きな倉庫の中には何もないのですか」
言わずもがなのことだが、つい出てしまった。
「あの中には機械が入っているだけで、山田錦はなにもありません。何なら見てみますか」
そう言ったかと思うと既に歩き出していた。仕方なく川岸も慌てて後を追った。
倉庫といっても近くで見ると随分大きい。鉄骨のプレハブのようだが普通のサラリーマンの建売の家より遥かに大きく、頑丈そうだ。
主人が壁際のボタンを押すと入り口の全面のシャッターがガラガラと音を立てて上がり始めた。
川岸は眼を見張った。そこには見上げるばかりの大きな機械たちが所狭しと居並んでいた。
「いかがですか。納得されましたか」
「いえいえ、もちろんそんなつもりで伺ったわけではありませんので」
川岸は恐縮して腰を折った。
「こんな機械も10年おきくらいには買い替えなきゃなりません。一度にはできませんから少しずつローテーションしていったら、毎年何かを買い替えるようになるんですわ。百姓も楽にはないですよ」
主人はそう言いながらも少し得意げな顔を見せていた。
「そうですか。それでも皆さんが頑張っておられるお蔭で私たちは美味しいご飯がいただけます」
「そう思ってくれる人が世間にどれくらいおられるものやら」
「そうですね」
川岸は農家の機嫌を損ねないように丁寧に相手した。
「それで、話はまた元に戻りますが、山田錦は他の農家さんもお持ちじゃないんでしょうか」
「あー、そうだったな。まあ、あなたはご存知ないようだからお話しましょう」
そう言ってもと居た縁側に戻っていった。
「まあ、お掛けなさい」
その農家の主人は広縁の窓を押し開き、川岸に座るよう勧めた。恐らく松の無垢材で出来ていると思われる1間幅の広縁は、奥座敷のほうまで広がっている。座敷との間には障子で仕切られていたから冬の今日でも寒気が中まで入る心配はなかった。家族がいるのか、奥のほうから人の気配が感じられた。
「山田錦はいきなり来てもまず手に入りません」
川岸はうなずきながら、それはなぜですかと顔で尋ねた。
「この辺はね、村米制度といってほとんどが契約栽培です」
「村米制度?」
「はい。この辺ではそう言っとります」
その農家は「やっぱり知らないのか」と呆れたような表情を見せながら川岸が気の毒に思えたのだろう、少しずつ説明してくれた。
「それはどういう制度なんですか」
川岸は、初めて聞く制度名に封建的で排他的な臭いを感じて、緊張を覚えた。
「始まりは明治のころの話らしいんだがね」
「はい」
「元々この地域は灘の蔵元との取引が主だったんだが、相場や天候でどうも農家の収入が不安定で落ち着かなかった。勢い農家は米の収量ばかりを重視するようになって品質が落ちてきたわけだ。そうするといい酒が出来ないから蔵元は良質の酒米の確保に苦労するようになった。安定した販売先を求める農家と、品質の良い酒米を安定的に求める蔵元との利害がここで一致したわけです。そこで明治の中ごろに山田篤治郎さんという人が灘の蔵元と交渉して始まったのがこの制度で、部落ごとに納める蔵元を決めて全量買い取る取引が始まったわけです。天候や自然災害にも助け合ったりして強い絆を持っております」
この農家は「山田篤治郎さん」とさん付で呼び、今でも敬意を持っているようだ。
「部落単位ですか」
「はい。部落単位です。この部落はこの蔵元というふうに納める蔵が決まっとります」
「なるほど。そうでしたか。それで灘の酒は旨いんですね」
「そうかもしれません。まあ、そういうわけでどこの農家も全量納め切りますから、恐らく山田錦は置いておりません」
「そうですか」
川岸は、落胆してガックリと肩を落とした。
「どこから来なさったんかね」
農家の主人はそう言いながらもう一度先ほどもらった名刺に目を落とした。
「はいはい、広島からかね。遠いところからご苦労なことですな」
川岸が答えるより先に会社の所在地を見つけて自答した。
「はい、そうです」
「何か事情でもおありですか」
普通、酒造会社であれば独自の仕入れルートを持っているはずであり、わざわざここまで来るとは何か事情があってのことだろうと推量した。
川岸はここまで話してくれたことに謝意を込めて、今会社が置かれている状況とここに来た理由などを説明した。
「なるほど、それは大変ですな。じゃが、この辺の農家はもう一粒も置いておりませんよ。こんな米持っていても何にもなりませんからね。まあ、あるとすれば農協でしょうか」
川岸は、今自分が一番欲しい米を「こんな米何もならない」という言い方をされたことに若干の反発を感じながら、
「農協にはありますか」と、あるかもしれないという望みに反射的に飛びついた。
「さあ、どうだろうか。でもまあ、せっかく広島から来て手ぶらでは帰られんでしょうから、行ってみなされ。無理だとは思うが可能性があるとすればあそこしかない」
現在の村米制度は、農協が窓口になり蔵元と農家を結び付けている。農協が農家の米を部落単位で全量買い取り、決まった蔵元に納めている。そこは昔からの誼だ。この部落単位が蔵元には大事なのだ。違う性質の米が混ざらないようにしている。
部落はその蔵元に対し米の品質で責任を持ち、蔵元は、その部落の米を使い続けることで米の性質を知り尽くし、米の良さを全て引き出すことで独自の品質の酒を作っている。それが村米制度だ

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