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不思議な男

更新 2014.06.13(作成 2014.06.13)

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第7章 新生 27.不思議な男

人事制度見直しのプロジェクトが最初に開かれたのは日本冷機テック(株)だった。
その初日、開催時間は朝10時だ。大体こういうプロジェクトはメンバーが集まる時間や講師の移動時間を考慮して10時開催が一般的だ。
広島市内から可部まで1時間掛かる。平田は8時半に藤井をホテルに迎えに行き、そのまま日本冷機へ赴いた。
日本冷機に着いたのは10時少し前だった。外来者駐車スペースに車を停めると、そこに見慣れた黒塗りがあった。社長車だ。
「社長が来てますね」平田は藤井に説明した。
「そうなんですか」藤井も少し戸惑いの色を浮かべた。
「会議は開けるのかな」
「……」
「まあ、いずれにしても私たちとは関係ないでしょう」
平田と藤井は、うなずき合って入り口に向かった。
今まさに玄関に入ろうかというとき、竹之内が中から出てきた。朝早くから来て既に用事は済んだのであろう。日本冷機の社長や専務をはじめ、他の役員が見送りに付いてきている。
竹之内は、平田に出くわすと「やあ」と声を掛けてきた。面と向かって口を利いたことなどなかったが、随分と気さくだ。だが平田は、その親しみの中にトップの孤独さゆえの部下への媚を感じた。
「おはようございます」と、平田は頭を下げた。藤井も一緒にお辞儀をした。
それですんなりとすれ違えばそれはそれでその場が収まるはずであったが、竹之内は何か言いたそうなそぶりでなかなか場を解放せず、ほほ笑みながら平田の顔を見つめたまま立っている。
仕方なく平田たちも通路を譲る形で立ったままになった。見送りの者たちが取り囲むように成り行きを見守っている。
「今日は人事制度の見直しかい」
平田の動きは、中国食品に来て間もない竹之内には興味深い。新しい人事制度を打ち出し、次は退職金の見直しを提案している。ガバナンスシステムの一角のキーマンである。
「はい。関係会社の人事制度見直しの一環でこちらのプロジェクトが立ち上がります」
「うん。そうらしいな。そう思って10時前に切り上げたよ」
「すみません」
平田は、謝る理由もないのだが反射的にそう答えた。
「うちのも良いのが出来たな。あれはいい。君がやったんだろ」
「いえ。丸山部長のご指導とこちらの藤井先生のご支援のお蔭です」
平田は、椿と勘違いされては適わないと思い、敢えて丸山部長と固有名詞を明確にした。丸山を持ち上げることで暗に椿はだめだということを竹之内に訴えたかった。部下の逆襲はこうした形で表される。
それに関係会社に藤井を快く受け入れてもらうために同じように藤井を押し出した。
「丸山君が言っていたよ。よくやってくれたと」
「いえ、丸山部長や新田専務の支えがあってのことです」もう一度念を押した。
「しかし、彼も不思議な男だね。珍しいよ。けして自分の手柄にしない。全部、部下の手柄にするんだよ」
「はい。それだけに私たちは頑張らなければという気にさせられます」
「うん。彼の下で働く部下は幸せだよ」
「はい。今度製造部に行かれたので残念です」
竹之内は自分の人事の陰の部分を指摘されたようで苦笑いを見せた後、一転真顔になり、何か重大な政策を言い伝えるような言い方をした。
「パラダイムチェンジは緒についたばかりだ。退職金も頼む」
その目は真剣だった。
「はい」平田は素直に答えた。
竹之内は、次に藤井を向いて、
「いろいろ大変でしょうがよろしくお願いします。今度一席ご一緒しましょう」
「はい。よろしくお願いします」
藤井は照れくさそうにしながらも丁寧にあいさつした。
これは平田にはラッキーだった。藤井が竹之内に信頼されていることをみんなの前で証明したようなものだ。プロジェクトを進める上ではありがたい。
竹之内を見送り、やっと自分たちのリズムが戻ってきた。

日本冷機テック(株)の事務所は1階平屋建てで、棟続きの後に工場の建屋が続いている。事務所の広さは中国食品の人事部のフロアと同じくらいしかない。そこに人事や経理、営業、製造などの全ての事務スタッフ20数名が集っている。社長室だけは一番奥に構えてある。
平田は部屋に入ると、みんなに聞こえるように「おはようございます」と元気な声であいさつした。
社長が部屋に入ると、総務部長の福留靖男が、
「一応、社長にあいさつしておきますか」と催促した。
「はい。お願いします」と平田も頭を下げた。
筋だけは通しておきたかった。
福留は社長室のドアをノックし、「平田さんがごあいさつしたいそうなんですが」とのぞきながら社長に告げた。
中からも快い返事が返ってきて、福留は「それじゃ、どうぞ」と平田らを招き入れた。
「おはようございます」と改めて平田はあいさつした。
「今日から人事制度見直しのプロジェクトが立ち上がります。私たちもできるだけのサポートをしたいと考えております。こちらはそのコーディネートをしていただく藤井さんです」
平田は状況を説明し、藤井を紹介した。
「ええ。何度かお会いしておりますが改めてごあいさつしましょう」
そう言いながら青野は、新しい社長名の名刺を机の引き出しから抜き出して藤井と交換した。
青野はつい先日まで、中国食品で常務取締役製造本部長をやっており、藤井とも面識はあった。
「まあ、おかけください」青野はソファーを勧めた。
するとすかさず福留が、
「社長、プロジェクトは10時からでしてもうメンバーが待っておりますので手短にお願いします」と注文を付けた。
「はいはい。私の考えだけ言わしてもらっておこうと思います」
みんなもそこは聞いておかなくてはならない大事なポイントだ。うん、うん、とうなずいている。
「ハッキリ言って今の制度は昔の中国食品の年功賃金のままで、移籍水準だから高いと思います。中国食品が成果主義になっているので、場合によっては個別には逆転する可能性もある」
「それはそれでいいんじゃないんですか。なにもかもが親会社より下でなければならないということもないでしょう」
福留が役員部長らしからぬことを言い返した。
福留もまた、子会社に追い出されたという被害者意識があった。
青野はムッとした顔で、
「優秀な人ならそれもいいが、年功ということは全員が上がることを意味しますから、成果主義の中国食品の人を追い抜くことも考えられます」と言い返した。
「仕方ないんじゃないんですか」
「仕方ないことなんかあるもんですか。そこを工夫するのが経営でしょうが」青野は一瞬情けない顔を見せた。
「それに退職金はもっと酷い。3600万円でしたっけ。うちもそうなるんですよね。そんな負担を会社が出来るわけがない」
青野は製造部時代から業績には厳しい人間だった。
「はい。同じ制度ですから概ねその水準です。ですから見直しをしましょうとなっております」
平田は青野の意向に合わせて相槌を打った。
「うん。早くしないと手遅れになります」
「はい。頑張ります」
「それじゃ、よろしくお願いします」
やっと解放されてみんなは別棟の会議室に案内された。プレハブの簡素な建物だが、事務所から離れているので落ち着いて話ができた。

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