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最大の正念場

更新 2016.06.16(作成 2014.05.23)

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第7章 新生 25.最大の正念場

こうして関係会社の2社ともプロジェクトが立ち上がることになったが、準備が早かった分、日本冷機テクニックが一足先に走り出した。
平田は状況を藤井に伝えた。
「やっと決まりましたか。長かったですね」
藤井はこのときを待っていた。
「すみません。迷惑をかけました」
「いえ、大したことありませんが資金繰りを繋ぐのに苦労しました」
藤井は、2月頃から何時平田の仕事が入ってもいいように他社の仕事を控えていた。平田の仕事が入ったら他の仕事に手を掛けられないことがわかっているからだ。そのため会社としての売り上げは若い社員が営業してくる研修関係だけになり、自分が稼ぐコンサルタント収入が入らない。必然的に会社の資金繰りは苦しかった。
平田は年初にこれからの活動方針を藤井に伝え、そのつもりでいてくれるようしっかりと伝えていた。そのため藤井に迷惑をかけたことが心苦しかった。
「はい、すみません。迷惑かけました……。早速ですが」
平田は、関係会社、藤井双方の都合のいい日をキックオフに設定し、
「10時からですので、前日にこちらに来てもらえますか。少し打合せをしておきたいと思います。翌日一緒に行きましょう。案内します」
と、連絡をとった。
日本冷機テクニックは可部という町の外れにあり、アクセスが悪い。平田が車で案内するか、可部までJRで行き、そこからタクシーで行くかである。
打合せもあり今回は事前に会社に来てもらうことにした。
藤井は時間に厳格だ。営業者にとって時間厳守は信用の第一歩だ。
交通事情や体調不良のときなどは必ず事前に連絡が入る。
この日も時間ピッタリに現れた。
平田は大事な来訪者があるとわかっているときは、事前に受付に連絡し自分への連絡なしに8階まで通ってもらうようにしている。
この日も受付は、藤井の名乗りに
「いらっしゃいませ。平田がお待ちしております。8階へお願いします」
と応対した。
関係会社のプロジェクトが頓挫して以来、藤井と会うのも久し振りだ。
藤井はいつも大きな荷物を抱えてくる。一度広島に入ると他のクライアントへの表敬訪問や営業を済ませて帰りたいのであろう。そのための資料や着替えなどでキャリーバックは一杯である。
そうした荷物を応接コーナーに落ち着かせると2人は固く握手をした。
「ちょっと部長に……」
平田は藤井を椿のところに連れて行き、
「今日から関係会社の人事制度見直しに入ります。藤井さんにお手伝いしてもらうことになっていますので、ちょっとごあいさつです」
と、一応の筋を通した。藤井の立場を考えたら嫌でもそれは外せなかった。
「そうですか。よろしくお願いします」
と、椿も心の内とは裏腹に慇懃に応じた。
椿は、自分がどれほど藤井に迷惑をかけたかなど露ほども気に掛けるふうではなかった。
あいさつを済ますと2人は会議用のコーナーに入った。
すかさず岡村美子がコーヒーを運んできた。彼女ももう若手ではなくなってきた。新人事制度の運用では彼女が実務の中心だ。規定の細部までよく呑み込んでおり、頼もしい存在になっている。平田も何かあるたびに彼女を頼りにしている。
「こんにちは。いらっしゃいませ」
もう、何度となく繰り返されたシーンだが、久し振りの対面に恥ずかしそうにテレ笑いを浮かべた。
「アッ。ありがとうございます」
藤井は丁寧に返礼する。
「ありがとう」平田も言うと、「はい」と岡村は出て行った。
2人きりになると藤井は、
「長かったですね。もういいんですか」と小声で念を押して皮肉っぽく笑った。事情は知っていた。
平田も笑ったまま軽くうなずいた。それだけで通じ合えた。
2人はコーヒーを一口啜って本題に入った。
「メンバーはもう決まったんですか」藤井はまず、肝心の入り口を尋ねてきた。
「はい。まあ、オーソドックスな選択ですがいい組み合わせでしょう」と、平田は事前にもらっていたメンバー表を見せた。
藤井はじっと見入っていたが、「この所長はどんな方なんですか」と、プロジェクトの方向性をリードしそうなキーパーソンに目をつけた。唯一の現場管理職だ。
「そうですね。日本冷機テクニックの中では数少ない理論派でしょうか。利発というか賢い人だと思います。いい人が選ばれています」
「そうですか」
「それでですね。プロジェクトの進め方は、藤井さんがリードしてくれませんか」
平田は運営の仕方を藤井に委ねた。
「ただ、主体性を持たせるために会議の議事録とか、原案は彼らに作らせてください。報告書や提案書も同様の手順でお願いできますか。藤井さんの検収の中で跡形もなく変更されてもそれは構いません。会社に対して彼らに花を持たせてもらえればいいです」
「それじゃ、時間がかかりますがいいですか」
「仕方ありません。その分どこかで端折りましょう。私が憎まれ役になって尻を叩きます」
「プロジェクトの方向性について何かオーダーがありますか」
「そうですね。一つは、わが社の制度と足並みが揃うように成果主義にして、資格の階層もできるだけ揃えてください。それから1年で完成を目指してくれませんか。環境分析とか現状とかは私たちの資料を使ってもいいと思います。無理とは思いますが彼らを急かしてください」
平田は無理とわかってはいたが、藤井の力量を信じてリクエストした。
「大変なリクエストですね」
藤井は呆れたような顔で苦笑いを浮かべた。
「人数が少ない分、分析とかは端折っていくとか私がやるとかしますのでなんとかお願いします」
「もし間に合わなかったらどうなりますか」
「そりゃぁ、タイミングがずれるだけです。最悪1年遅れます。ただ私は退職金の移行を再来年の4月にはしたいと思っているんですよ」
「あと1年8カ月ですね」
「はい。そのタイミングしかないと思います。人事制度もどんな制度かによって最良の移行タイミングはどこかが決まります。今回は1月1日でした。次の退職金、年金は4月1日です」
「それはなぜですか」
藤井は自分の知らない実務の世界を知りたいと思った。
「はい。これは入社日が揃っているのと年金などの運用決算期が4-3月だからです。人事的には1月1日がいいのですが不都合は運用で乗り切ります」
平田は、今回の見直しで過去勤務債務を減らすために、恐らくセカンドライフ支援制度を充実させ退職ドライブを強化せざるを得ないだろうと思っている。それを実施した場合、大量の退職者が出たあとのやり繰り人事が大変なことは容易に想像できるが、それは自分たちの努力で乗り切り年金の運営年度を重視したほうが厚生省あたりとの折衝はやりやすいと考え、現実的対応をとるべきだと思っていた。
「なるほど。そうですか」
「それと、新田専務のスケジュール感もどうやらそこらへんにあるように思います」
「何かあるんですか」
「いや。何もないんですが私の読みといいますか、勘です。そこらを睨んだ事業計画を考えておられるように思います」
「それじゃ、退職金のプロジェクトも忙しいですね」
「すみません。無理ばかり言って」
「厳しい計画ですね。大丈夫ですか」
「最大の山でしょう。私の人生の最大の正念場です」
「死にますよ」
「それくらいの覚悟で臨まなくては退職金は動きません」

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