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人助け

更新 2013.10.04(作成 2013.10.04)

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第7章 新生 2.人助け

新人事制度への移行とそれに伴う人事データシステムの更新は順調に滑り出した。
仕事にはメリハリがある。1つの課題に向かって死に物狂いで打ち込まなくてはならないときもあるし、一段落ついてホッと一息つけるときもある。特に平田の担当はスパンが長い。1週間や1カ月というものではない。賃金改定や賞与、予算編成、運営方針、組合との交渉など定例化しているものもあるがおしなべて不定期である。
それだけに、1つの大きなテーマが片付くとちょっと気を抜くことができる、いわば空白の時間がある。それは大事なことで、ストレスを解放し、神経を休め、新たなエネルギーを蓄積するための養生期間である。ただ、滅多には来ない。1年あるいは2年に一度あれば儲けものだ。
制度承認、異動資料の作成からこちらが、ちょうどそのメリの時間域になった。平田は、この新人事制度がどんな人事をもたらすのか、ジッと見守った。
だが、平田の心配は杞憂に過ぎず、平田が思っていた以上に制度の理念に沿った実力重視の人事がなされた。
平田はさすがに役員だと感嘆した。一旦こうと決めたことへの切り替えの早さと実行力は尊崇する。特に今回の人事をリードし、長い間宿根のように根付いていた日本的人事慣行にパラダイムチェンジを成し遂げた新田や丸山を心で絶賛した。
平田は人事制度が一段落したことで心機一転した。次のテーマは待ったなしに退職金の見直しと関係会社の人事制度見直しである。春闘に備えた賃金改定案の作成も目前に迫っていた。
そんなある日、関係会社に転籍していった友人から1本の電話が入った。
「ヒーさん。助けてくれんかのう」
「どうしたん。何があった」
「うん。俺の同級生の奥さんが白血病なんや。医者が言うには、若くて元気な男性の血液が要るんやが“RH−”なんよ」
「そうか、それは大変やな。“RH−”は少ないからな」
「そうなんよ。絶対数が少ない上に若くて元気な男性でないといかんらしいのよ。誰か探してくれんかのう」
「そういうことか。わかった。少し時間をくれ。探してみよう」
「ただ、それだけじゃないんよ。容態が悪くなったときに駆けつけて輸血してあげなければならんのよ。それが何時起きるかわからんのよ。今1人だけ頼んであるんやが1人じゃ負担が重過ぎて、あと1人でも2人でも欲しいわけよ」
「なるほど。そういうことか。それで若い男性なんやな」
「そうなんよ」
「それでどこに入院しとるんかね」
「千田町の日赤病院や」
「すぐそこやな。わかった。ちょっと探してみるよ」
「うん。すまん。石田慎吾いうて昔から世話になっとるんよ。奥さんは洋子っていう」
「そうか。わかった」
平田が目指していた人事データシステムがここでも本領を発揮した。人事が社員を管理するだけのものではない。社員の役に立つのも立派な使命だ。
“RH−”って一体どれくらいいるだろうか。見当もつかない平田は、とりあえず血液型“RH−”だけで年令や性別の制限をかけずに検索をかけてみた。全てのデータにアクセス権を持っている平田だからできる。
男性11人、女性4人がリストアップされた。意外と多いものだ。しかし、遠くの事業所じゃ意味がない。また、いざというとき駆けつけられる時間の自由度もいる。本社勤務の男性は4人いた。
若いって何才以下だろうか。どうやって区切るかと考えながら4人の年令を見てみると悩む必要はなかった。1人は56才、もう1人は47才。あとの2人は33才の三村隆と31才の久富千輔だった。
平田は2人の候補者に丁寧に事情を説明し、協力を要請した。
だが、33才の営業部の三村からは意外な言葉が返ってきた。
「自分には関係ないじゃないですか。そんな体力と時間があったら仕事に注力します」
そんな考え方をするのかと平田が驚いていると、背中から袈裟懸けに切りつけられるようにさらに痛烈に平田を追求してきた。
「社員に一生懸命仕事をしてもらうのが人事でしょう。そんなこと社員に頼むのはおかしいと思います」
新人類らしい割り切った考え方だが、これは仕事ではない。個人の生き方の問題であり道徳の問題だ。平田は、人間味という点において一抹の寂しさを覚えた。樋口が口を酸っぱくして言う滋味豊かな人材を造れというのはこういうことかと、やっとわかった気がした。
バブル期に物に溢れた環境で何不自由なく、やたら自己主張だけが強く育ってきた彼らは人を慮ったり、他人の痛みに心を馳せることができなくなっている。こんな心根で仕事をしていたら会社が殺伐とし、おかしくなりそうだ。売り上げや利潤のためなら何でもありで、人間としての節度やモラルや礼節は置き去りにされ、人の命までも軽んじられそうな気がする。業績一辺倒の企業はいつかどこかで大きく躓くではないか。
人助けなんていうのは須く自己犠牲だ。相応の対価を求めるのはバーター取引で、それは人助けではない。ビジネスなら頼んだりしない。条件交渉するだけだ。
もう一人は総合企画室の久富だ。

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