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亡者の淵

更新 2013.04.25(作成 2013.04.25)

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第6章 正気堂々 79.亡者の淵

異動、昇給、日常の種々運営業務に時間をとられながらも、平田の制度作りは胸突き八丁に差し掛かった。
この頃から平田の気分は憂鬱になった。なぜこんなことをするのだろうか。その必用が本当にあるのだろうか。これまで散々議論してきたことが具体的に設計しはじめると個別の顔と結びつき、社内を歩けなくなった。
今回の制度改定は、役職制度のあり方を特に強く意識して作業に臨んでいる。それは、公平な人事、正しい人事とは、正しく公平な処遇がなされることであり、その処遇の行き着く先は役職制度だと信じるからだ。ここを理想の形にしなくては平田の思いは成就しない。賃金制度も資格制度もいわばその服飾物にすぎない。
そんな意識を強く持っていたから、新しい役職制度は既得権者にとっては極めて厳しい制度設計になった。
かいつまんで要点をまとめると、

○役職者とは(定義)
役職者とは、組織的役割または経営上発生する重要なテーマや課題を責任をもって遂行し、経営を補佐する者。会社の幹部として、経営のパートナーとして職責への期待と共に会社が高く処遇するもので、結果や成果貢献を求められる者。

○ポスト(職位)
ポスト(職位)は会社が事業運営上必要とする組織(プロジェクト、テーマ含む)の長をいい、分掌範囲、責任、権限が職責として決まっている。
この職責に対して職責手当(役付き手当)が支払われ、職責の変更は手当の変更となる。
このポストに任用された者が役職者である。

○ポスト増減
事業の変容に応じて組織はフレキシブルに変化にする。それに伴いポストもフレキシブルに対応する。そのためポストの増減も常に起こりうる。

○資格
役職者は、職群制コース別人事制度の中で、E、Sコースに位置づけられた者の中から専任される。
つまり、資格制度上のE、Sコースは、役職ポストに専任されるための必要条件である。

○Eコース待機
組織が縮小または廃止となり、新たな職位に任用されなかった役職者の処遇は、Eコース待機者となり、処遇のための(副)や(代理)職は廃止し職責手当もない。
その場合、資格給(E資格)でしっかりと賃金の下支えをし、次の出番まで待機となる。
ポストがなくなった場合は、新たなポストへの任用がないかぎり肩書きだけの役職待遇はありえない。

○降格
能力がないと判定された時は降格(資格が下がる)とする。賃金も下がる。(退職金はポイント制にすることで解決)

○賃金の運用の考えかた。
 (1)能力の高さ    − 資格給で(昇降格あり)
 (2)今年度への期待   − 期待給で(キャンセル方式)
 (3)今年の成果     − 賞与で(ポイント制)
 (4)職責に対して   − 職責手当で(フレキシブルに)

イメージ図

この運用を可能にする資格給や期待給、職責手当を設計しなければならない。
平田は、この制度が完成して実際に運営するとして何が必要かをシュミレーションした。
まず最初に昇給だ。そのためには賃金制度を完成させなければならない。キャンセル方式は方向承認を受けているが、どれくらいの幅で、評価との関連はどうするか。何時どのタイミングで誰が行うのか、会社の承認をどのように受けるのか、そのためにはどのような資料が必要でそのフォーマットをどう設計するか。資格との関連はどうするか、昇格基準は?など、運営手順を細かく想定し、全ての解をイメージし設計していった。
賃金だけではない。資格制度(昇格)、評価制度、役職制度、コース制度、そして最後に人材プロファイルへの落とし込みとそれに基づく異動、昇進の仕掛けである。そこまでいかないと平田の思いは成就しない。
これらの制度を詳細に設計し、平行してこの手順を全て運用細則としてまとめ、担当者へレクチャーして初めて運用ができるのである。
ただ、こうした作業をする上でどうしても邪魔するものがあった。それは個々の顔である。この基準を適用するとこの人は外されるだろうとか、この人はさらに昇格するだろうとか、具体的な顔が浮かびどうしても筆の勢いが鈍るのである。しかもその恨みつらみが自分に向けられることは必定だった。
力があるなしに関わらず、なんらかの必然性でここまで上がってきたのに、環境が変わった、状況が変わったからといって過去の経歴を否定するようなことに、どんな意味があるのか。誰もがこれまで必死に積み上げてきた実績に違いないではないか。
いつか藤井が「この仕事の担当者は頭が白くなったり、鬱になったりする人が多勢いるんです」と言っていたのは制度を作る苦労のことではなかった。それを通じて起きる人間関係の摩擦にあった。担当者だけが陥る本当の苦悩がそこにあった。
平田は塞ぎこんだ。平田の顔から笑みは消え、頭にも白いものが一気に増えた。
ある日洗面所に入ったときである。何気なく過ぎようとした鏡の中の自分の顔に「ドキッ」とした。そこにはまるで亡霊のような顔があった。
生気はなく、眉間には縦皺が寄り、目は異様に険しく座り、口はへの字押し曲がり、普通に見れば近寄るのさえ恐ろしい凄みがあった。
“俺はなんて顔をしているんだろう”
平田は自分が怖かった。
人相はその人の心の鏡である。
“正しい人事にしたい”その一心でここまで頑張ってきたが、平田は心の軸を失いかけた。
そんな気持ちを洗い流すかのように何度も顔を洗った。鏡に映った目を擦り、口を指で押し上げ、無理やり笑ってみた。そんな仕草を何度も何度も繰り返し、必死で亡者の淵から這い上がろうともがく日々を続けた。

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