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思い込み

更新 2016.05.27(作成 2011.04.25)

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第6章 正気堂々 7. 思い込み

藤井はさすがにコンサルタントらしく上手く平田の思いを引き出し、平田もうまく乗っかって、これまで抱いていた思いを余さず吐き出した。
2人の議論は初対面とは思えないほど白熱した。
「人事部には課長も係長も主任もみんな管理職能の2級にいます。まずこれがおかしい。去年までの話ですが、その中で私だけが主任で管理補佐4級で一番低い。しかし、私に与えられた役割は予算編成のチーフであったり、制度改革の主務者であったり、一番ややこしい仕事が来ます。おかしいでしょう。資格、賃金、職位、役割全てがごちゃ混ぜなんです。ごちゃ混ぜも有りなら、なぜそうなったかもわからない。なぜあの人は資格が高くて、賃金が高くて、職位が高いのかがわからない。それなら役割も高くなれってんですよ」
平田は声が漏れるのを憚ってトーンを落とした。応接コーナーは個室ではないから少し大きな声を出すと近くの者には聞こえる。
「制度全体の整合性の問題ですね。そんな会社はいっぱいあります」
「副所長なんか、資格も賃金も係長や主任より低い人がいます。場合によっては評価すら低いこともあります。末席とはいえやはり管理職なんですからそれなりの処遇をしないと誇りを持てないでしょう。係長や主任が優秀なら管理職にすればいいし、優秀でないから管理職になれないともいえます。そのわりには管理職と同じ資格で賃金をもらっているし、やはりおかしい」
「なるほど。それじゃ人事制度がチャンと整理されればいいんですか」
「それだけじゃありません。処遇のために無理やり作ったようなポストもあります。上に上げたいがポストがないとか、課長や所長を外れたが処遇するポストがないとか、そんな人のために作ったポストがいっぱいあります。個人が基準になっているんです。逆でしょう。ポストがあるから誰を選ぶかにならないといけない。会社の戦略とか事業計画で必要なポストができて、優秀な人が優秀なようにちゃんと評価されて、そのポストに任用される。そしてそこに見合う賃金がついてくる。そんな人事にできないか、ってことなんです。ポストは処遇ではなくて任用だと思います。今の実力の活用だと思います。今は役員さんが好きな者を処遇するためのポストになっています。その結果、全体の人材配置を見てみるとグチャグチャで整合性がない。組織としての佇まいとか治まりとかフォーメーションとしての美しさがない。あるところではそのポジションには不釣合いな巨木がドーンと突っ立っていたり、あるところでは大事なポジションなのに頼りない人が任命されていて大きな穴が空いているようで……。どこかの荒野の景色を見るように大きな岩や石がゴロゴロと乱立していたり大きな亀裂や穴があちこちに空いていたり、ポリシーもなにもないし落ち着きというものがまるでない」
平田は説明しているうちに自分の考えに少し整理ができたようで、さらに付け足した。
「そうなんです。任用が先です。そして任用に見合う処遇、つまり賃金がある。そうなるべきです。そして、なぜその人が選ばれるのかデータや資料で根拠をはっきりしたい。むしろ人事主導で選びたい」
「人事行政そのものですよね」
藤井はこのとき、会社の生の組織の蠢きに少し触れたような気がした。人を選んだり、上げたり、外したり、役員同士の思惑や葛藤の中でもてあそばれる人の運命のはかなさや、逆にそれを巧みに手繰り寄せてしたたかに生き抜く社員の逞しさなどが、人事行政の中に凝縮している様を、少し垣間見た気がした。
「人事部自体のことなんです。人材とか会社全体の人事を動かす仕組みとでも言いますかね」
藤井は、「はーっ」とため息とも驚きともつかぬ声を発し、苦笑いを漏らした。
そんな藤井に本気になってもらうため、平田はさらに追い込みたくなった。
「例えば、私なんかがいい例だと思うんです。けして優秀などとは言いませんが、正しいことを言ったのに左遷させられるじゃないですか。そんな理不尽をなくすような人事であったり、制度にしたいと思っているんです」
「しかし、為政者にしてみると、生意気であったり(あっこれは失礼)、使いにくかったりで、それなりに理屈がある場合があります」
「しかし、それはその役員だけの都合でしょう。会社のためにはならないこともあります」
「そのとおりです。本来そうあるべきです……。平田さんの仰ることはわかりました。今までこんなテーマをもらったのは初めてです。これまでは人事制度とか教育制度とか、仕組みや制度をなんとかしたいというような相談ばかりでした」
「わが社になにもないからでしょう」
「こういう悩みは本来役員さんの悩みです。少なくとも部門長クラスの方からの相談になるべきです。これは平田さん個人のお悩みですか」
「いえ。川岸も同じ考えです。社長にもその考えは伝わっているようです。ただ、どこからどう手をつけていったらいいかわかりません」
「わかりました。一緒に勉強させてください」
このとき藤井は、ある種の言い知れぬ凄みを平田に感じていた。
“投げかけられるテーマが制度だとか仕組みといった枝葉末節の話ではなく、人事部全体のありようであったり、会社運営のありようであったり、問題の捉え方が大きい上に、少しも怖けていない。これまで接してきた多くの人事担当者は、普通に人事制度を変えようとするだけでもオロオロと途惑うのだが、平田は自分の役割として淡々と普通に受け止めている”そんな印象を受けた。
それは平田が既に、「天が与えた試練に応えるしかなかろう」という川岸の説得を、自分の宿命として深く胎に刻み込ませていたからである。出来るかできないかわからないが、やらなきゃしょうがないと覚悟を決めていたからである。
「それでどうしたらいいですか」
「そうですね。今、平田さんの中にどんな人事でありたいかのイメージがありますか」
「大まかにはあります」
「それをもっとしっかりとイメージしてください。どんな人事でありたいのか、そのときどんな制度や仕組みがあって、どんな運用がなされているか。ローリングしても構いません。とことん考え抜いてください。それを繰り返していくうちに練られて出来上がっていきます。それに向かって、どこからどう解きほぐしていくか、どう作り込んでいくかを提案していきたいと思います」
藤井もこの時点でどんな人事が理想で、活きた企業の人事行政がどう動いているのかはまだ見通せていなかった。そこは担当者である平田が頼りである。実際、理想の人事なんて空理空論以外にあるわけがなく、それは平田や川岸の思い込みの中にしかないからである。彼らが理想と思うものが理想なのだ。
これまで、賃金制度や評価制度、教育制度、経営計画といったどちらかというと仕組みやシステムの開発を主に携わってきた藤井にとって、平田のオファーは生きた人事が体験でき、大きなスキルUPへ繋げることのできるまたとないチャンスに思えた。

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