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一騎打ち

更新 2016.06.03(作成 2012.08.03)

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第6章 正気堂々 53. 一騎打ち

数日前。
「俺たちは転籍料もなしに転籍させられるんや。少しくらい給料を高くしてもらわんと適わんで。頼むよ」
高瀬は同世代の対象者から飲みに誘われ、その席で泣きつかれた。
「全くやな。実務担当者がそれくらい気を利かせばいいんじゃがね」
暗に平田の責任のようなニュアンスを醸しながら同情してみせた。
情の高瀬は男気をくすぐられるとすぐその気になってしまう。みんなから頼りにされる兄貴分のように祭り上げられるのが好きだ。労務課長なら話を聞いてやるのも仕事の内かもしれないが、人事課長である。政策遂行が優先されよう。
「みんな転籍料もなく、これからの昇給や賞与の差額を考えたらそれくらいやってくれって泣きよるぜ」
“やはり泣きつかれたか”
平田は芯のない人だと内心情けなかった。情報収集のノミニケーションや社員の心情を酌んでやることもたまにはいいが、政策が情に流されてはなるまい。社員の受けはいいが政治家ではないのだ。ポピュリズムに走っては理念が消える。
―情に棹させば流される―
『草枕』の一説が思い出された。
“地で行くようなものだな”と情けなかった。
「そんなことはありません。会社が整備され、自立の道筋ができる。そのことをきちんと理解したら今回の処置もわかるはずです。それを説くことが大事でしょう」
平田はこれくらいの説得はやって欲しかった。
高瀬はなおも声高にどなりちらしていたが、それ以上付き合いきれず「知りません」と突き放した。
平田に突き放されては高瀬の負けである。他にカウンターパートはいない。
そのことを根に持ったのかどうか、制度が出来上がったとき再び食ってかかってきた。とにかく平田の足を引っ張りたい。そう取られても仕方ないくらいだ。
平田はこういうとき、職制上筋としてまず高瀬に見せなくてはならないのだが考えが振れて迷走することが見えているので、部長や他の課長や主な課員を交えて部内説明会の形で発表することにしている。そのほうが少しでも高瀬の迷走を防止できると思うからだ。そんな平田のやり方も高瀬の課長としてのプライドを逆なでするようだが、しかし、それじゃー、ときちんと筋を通すと話はなお縺れる。
今回は大事な転籍条件であるから新田にも案内していた。
ところが今回はそれでも暴走が始まった。先日、平田に無視された怒りの炎が未だ収まりきれていないようだ。
「今回の制度は、将来を見据えて成果主義のドラスティックな制度で作らんといかんでしょう。この案はわが社と同じような職能資格制度で、早晩運営に行き詰まることはわかりきっている。だからわが社だって人事制度の見直しをやっているわけで、関係会社だけがこのままじゃおかしい。どうせやるなら初めからちゃんとした制度にするべきです」
顔はいたってまじめでいかにももっともらしい理屈であるが、今の状況ではトンチンカンな話だ。この前は水準を言っていたのが今日は制度の内容に変わっており、論理も飛躍している。どこに信念があるのか。これまでもこんな迷走は何度も繰り返されており平田はうんざりである。
河原が「高瀬は、実務を知らないので振れるから気をつけろ」と言っていたことが、またしても平田の脳裏を過った。
支持は二分された。
新田や丸山などは、今更そんな制度作りなんかやってる場合じゃないと状況はわかっているが、一応考えだけは聞いておこうというスタンスをとっている。
ところが、高瀬と情繋がりの者や更には平田に好意的でない管理職が節操もなく然りと大きくうなずいてみせる。本当のところは、自分たちに別プランがあるわけではないのだが、いつも平田に押し捲られる悔しさから高瀬の理屈につい悪乗りしてしまう。
新田や丸山は論戦そのものには参加してこないし、若手は人事課長に異論を唱えるのも平田に肩入れするのも憚られるから、まさに平田と高瀬の一騎打ちの様相だ。
「この前は水準を高くせよと言ってましたよね。今日はドラスティックにせよと中身についての話ですか。今更そんなことはできませんよ。移籍が急がれる中で、受け皿を作ることが優先します」
「移籍した彼らがやる気を起こすように、成果によってグンと差がつくような制度にせんと今回の新会社は成功せんよ」
お互い意地になり否が応にもボルテージが上がる。
「成功するかせんかは制度だけの問題じゃないでしょう。それにわが社だって見直しはしてますが、ドラスティックな制度になるかどうかわからないじゃないですか。仮になったとしてもそれはいろいろな分析や検討を重ねて得た結論であって、日本冷機テクニックにそれが合うとは限りません。もしやるとするなら、わが社と同じようにいろいろな切り口からさまざまな分析をしてこの会社に合う制度を模索すべきです。それは彼ら自身が自分たちの手でやるべきことで、私たちが転籍のドサクサに紛れてドラスティックな制度なんか入れたらそれこそ猛反発が来ますよ」
我慢がならず思い切り反発した。
平田は自分のことを決して短腹だとは思っていないが、高瀬との話になるとどうしても高ぶってしまう。
高瀬の論理は正しいようでいて、どこか聞く者を歪んだ異空間に引き込んでしまう。浮田と同じだ。正しいようでいてどこか基軸がずれている。ボタンを掛け違えたまま服を着ているようで気持ちの収まりが付かない。
“ここは白黒をハッキリさせておかないと今後の運営が上手く行かない。課の運営の実態を皆に知ってもらうにはいい機会だ。本体の制度構築でも散々足を引っ張られている”
平田は、新田や丸山の前で人事課混迷の実態を明らかにしようと決心した。そうしないと何をするにしても振れて振れて物事が前に進まない。
高瀬も面子をむき出しにムキになって言い返し、2人の論戦はますますヒートアップした。

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