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彼を救う方策

更新 2011.07.15(作成 2011.07.15)

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第6章 正気堂々 15. 彼を救う方策

「実は新井さんが残した債務の件ですが、まだ清算されてない部分が残っております。社員が苦しんでいるんです」
「うーん。そのことか」樋口は知っていた。そして、つい先日ここに呼びつけ、浮田や河村の前でどなりつけた伊勢の悄然とした顔を思い出した。
好むと好まざるとに関わらず、新井に保証人に仕立て上げられ、挙句の果てには債務を被せられ、この度はリベートの片棒を押し付けられそうになっている。どちらも伊勢の意思とは関係なく、不本意な形で相手の思惑を押し付けられている。
人一倍「意思」や「信念」の強い樋口には“呆れるほど哀れなやつ”に思えた。
「知っているんですか。知っているんでしたらなんとかしてくださいよ」
「そりゃ、役員1人を首にして何千万もの借金を清算する手立てだからな、結末の確認くらいするさ」
「それでどうするんですか。もう500万円くらいなんとかならんかったんですか」
「会社としては精一杯だな。功労加算も普通に出している。特別多くする理由がない。むしろマイナス要因が働く中でこれ以上出したらかえっておかしい……」樋口はおよそ10カ月前、新井に退任を言い渡したときのことを思い出した。
「じゃが、足りると思っておったがマンションが買い叩かれたかな」と樋口は首をひねった。“それとも新井が当面の生活資金にくすねたか”そんな疑念を思い浮べた。
「しかし、こんなことに巻き込まれた社員は気の毒です。会社として役員の不始末をこのままにしていいものですか。債務が残っているからつまらぬ邪心も起きるというものでしょう」
「うん。わかっちょる。実はどうしたものかと思案していたところだ。しかし君は、何かあるといつもそんなときにタイミングよく来るもんだな」
「潮が満ちるときというのは皆一緒だということでしょう」
それを聞いた樋口は薄く笑っただけで聞き流した。
「伊勢君には気の毒だが、なにかいい方策が浮かぶまで我慢しといてもらおうかと思っていた。少しはお灸の意味も込めてな。額も500万円ならなんとか凌げるだろう」
「それはおかしいでしょう。なぜ彼がお灸を据えられなければならないんですか。常務取締役が強権で押し付けた保証人じゃないですか。彼に落ち度があるとは思えません。それに500万円というのは、普通のサラリーマンには人の借金を肩代わりできるような額じゃありません」
とは言いながら坂本も、伊勢のことを一人の男としては情けないと内心思っていた。
「そうかぁ?」
樋口は、「本当にそう思うか」と言わんばかりに坂本の論調を拒んだ。
「管理職として、もう少し自立してほしいとは思わんかね。もし今、管理職登用の選考があるとしたら、彼は振り落とされるかもしれんぞ。理不尽じゃと思えば自らの手で跳ね除けるくらいの気概が欲しいものじゃて。管理職にそれくらいの気構えと主体性がなくてどうする。管理職というものはだな、その場その場でビシッ、ビシッと的確にジャッジする判断、決断力が一番大事なんじゃよ」樋口は、手刀で切る動作を見せながら力説した。そして、そう言うとまたタバコに火をつけ、一息フーッと吐き出しながら、一方的に押し付けられたであろう伊勢と河村らとのやりとりを想像していた。
坂本は、そんな樋口の高邁な管理職像論をうんざりな気持ちで聞いていた。そんな理屈はむしろ平田に聞いたほうがすんなり身に入る。樋口にはもっと高所大所からの経営論のほうが似合う。トップとしての組織運営の問題として説いてほしい。
「彼を管理職にしたのは会社ですし、今更そんなことでお灸もないもんです」
「わかっちょる。ただ、わが社の管理職ならばそれくらいの気概を持ってほしいと思ったまでだ。その挙句に不利益を被るようなことがあればそのときこそが我々の出番じゃろうが。そんな意味でのお灸じゃ。授業料のつもりで放っておいた」
樋口は管理職の希望的理想像として言ったまでだったが、坂本には不満だった。
「それは私もそう思いますが、しかし事はもうすでに起きています。しかも全社員が固唾を呑んで行く末を見守っています。社長が言われるように彼が拒否し、不利益を被ってそれを修復するような事態ならば社員も容認するでしょうが、とてもそんな状況ではありません。これまでは、むしろそれで悲哀を味わうようなことばかりだったじゃないですか。これからもそんな会社でいくんですか。今は会社が信頼回復のためになんとか手立てを講じるべきでしょう。どうにかならんのですか」
「そうだな。会社としてはもうどうにもならんな」
「それじゃ、彼は救われないんですか」
「うん。だから今それを考えておるところじゃ」
「このことは誰も口にこそしませんが、それだけに社員一人ひとりの心の中に深く、暗い影を残しています。中には、人の不幸を陰で冷笑する者もいます。そんな社風を作っちゃいかんでしょう。課長1人の問題じゃなく、会社の姿勢の問題です。ここから先は社長にしか出来ないことです。なんとか方策を考えてください」
「うん。まー、もう少し待て。全く手立てがないわけじゃないが、それにはそれなりの覚悟と算段というものがいるんじゃ。もう少し待て」
「いつまでですか」
「わからんが、そのうちなんとか考えてみるよ」
「本当ですね。絶対ですよ。頼みますよ」
2人は約束を交わして別れた。

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