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窮鼠猫

更新 2016.05.24(作成 2010.01.25)

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第5章 苦闘 34. 窮鼠猫

本社部門の係長・主任制度は新田のアイデアを元に工夫を加え、
「業務の特殊性、専門性を更に高め後輩を指導するため、指導・監督職のほか専任職としての係長・主任を置くことができる。なお任用にあたっては他部門との整合を考慮し人事部と協議の上決定する」と定義した。
係長・主任制度全体の内容は次のようなものになった。
工場のシフトごとの設置基準、営業部門のフォーメーションの整理と係長・主任の設置基準、本社の係長・主任の設置基準、などの設定。
冷機技術課、車両管理課は本社スタッフであり、現場の技術者は営業の直接支配下となり指揮命令系統は営業のライン内とする。
工場、本社の副主任は廃止する。
移行にあたって、
「もともとポストであり組織戦略で拡大したり縮小することは当然ありうることで、それによる係長・主任から任用外になる者は待機者として次の任用を待つことになる。しかし、副主任は会社の政策転換でありポストとしては消滅する。主任として登用される者以外は解任という事になるが、急激な処遇の変化を避けるため、移行処置として手当は毎年1/3ずつの減額とする」ことにした。
また、制度改定時に見直せばいいという前提で何年も据え置かれた係長・主任の手当も改定することにした。
手当額設定の考え方として、管理職には時間外手当が付かないから無定量労働分は確保してやらねばならない。現行手当からその分を差し引いた額を管理職の管理責任料として係長と主任の手当額を案分するように設定した。ただ、主任は係長不在のときには代行することもあるので案分より高めに設定した。
また、係長や主任手当は時間外単価に跳ね返るのでその分割引かねばならない。
こうした作業をしていくうちに、管理責任料としての管理職手当が思いの外少ないことが判明した。無定量労働分を差し引くと残りは係長手当とほとんど差がなくなった。同業種、同規模の会社の手当額を参考してみたがやはり足りない。
思わぬ展開になった。指揮命令系統の整理だけと取り組んだ問題に、手当て額の大幅な不足という思わぬ問題が内包していたのだ。
平田は「係長・主任制度の改定」の延長線上の新たな問題として管理職手当の改定の必要性を盛り込み、巻末に世間相場や改定後の係長、主任の手当との比較などとともに管理職手当の改定案を提案した。
このことはけして的外れのことではない。指揮命令系統の体系の整備であるから、下の係長・主任を弄(いじ)れば上の管理職に無理が出るのは自然の成り行きであり、これを補正するのは筋の通った理屈なのだ。
平田は各部署にヒアリングした問題点や作業を進めていく過程に出た新たな問題を、半ば平田の思いを綴るような形で
『係長・主任制度の改定』について
   (副)「管理職手当の改定」について

の表題をつけてまとめ上げた。
営業所や工場ごとのフォーメーション(案)もセットにしたからかなり分厚くなった。更には改定が必要な社内規定案も添付した。

平田にとって初めての全社を対象とした提案書である。緊張した面持ちで川岸の前に立った。
川岸はその企画を一通り読み終わったあと、腕組みしながらしばらく黙って睨んでいた。
「ヒーさん。工場は思い切って人数を絞り込んだな」
「はい、工場はポストインフレです。4、5人のチームに主任が2人もいてどっちの言うことを聞いたらいいのか指示が混乱することもあります」
平田は、工場で勤務した経験からこれくらいの削減は可能でこのフォーメーションで工場運営は十分可能と判断した。浮田に対する思いからか工場に対しては節約心が強く反映された設計になった。
「うん。その辺は整理しなくちゃいかんが、大丈夫か」川岸は困惑した表情をしている。
平田はその意味の解釈に戸惑った。
「これだけ削って工場が動くのか」という意味と、「この案で製造部がウンと言うのか」という意味と、平田はとっさに判断しかねたが聞き直す思い切りもないまま、
「大丈夫です」と言ってしまった。
「いいかい、ヒーさん。気持ちはわからんでもないが、もしこの案にヒーさんの客観的冷静さを欠いている部分があるとしたら、それはダメだぜ。私的感情が少しでも反映しているとしたら、それは提案できない」
川岸の言うことは平田の心情をいちいち見透かしているようで胸が苦しくなった。
「恨みが恨みを呼んだら、仇が仇を呼ぶようになる。意趣返しはダメだ。恨みからは何も産まれない。私情を仕事に持ち込んではお前も同じレベルの人間ということになる。製造なんぞの狭いところに拘らず何よりも会社全体を見つめる目を持て。もっと大きな度量で相手を大きく包み込め。なあに、そのうち墓穴を掘るか報いが来るよ」
平田は懇々と川岸に窘(たしな)められ、顔から火が出るように恥ずかしかった。
「すいません。しかし、これは可能だと思います」恥ずかしさをかき消すために、謝りながらなおも自説の正当性を主張せざるを得なかった。
「わかっている。だがいきなりこんなドラスティックな改定は現実的じゃない。他の案までつぶれてしまう。今何を成したいかを考えろ。基本的考えさえ通ればその方針に沿ってあとは徐々に修正していけるじゃないか。そうだろ。今回は何がしたいんや。何を狙うかや」
「人事権、任命権の回復でしょうか」
「そうだ。それができれば上等だ。これは人事部が復権するための戦争みたいなもんや。一度に相手を追い詰めたら窮鼠猫を噛むことになる。顔を立てるところも用意しておかんとな」
川岸はもっと先を睨んでいた。

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