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 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.3-9

攻防

更新 2016.04.21 (作成 2007.01.09)

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第3章 動く 9.攻防

「委員長、お聞きのとおりですがどうしますか」
皆の意見を聞き終わって、作田が吉田に尋ねた。
「ウン。厳しい交渉になることは覚悟していたけど、これじゃ話にならんね。私も皆さんの意見のとおりだと思います。といって、何もしないのでは解決しませんから、長瀬さんの言うとおり、まずは回答の背景確認からやりましょう。ただ、争議権は早急に確立しましょう。泥縄になっては交渉になりませんし組合員に対する我々の姿勢を示す意味においても大事だと思います」
「それで、いつからやりますか」
「会社はいろいろ検討して回答を出してきたわけだから、今更時間を置く必要はないでしょう。即やりましょう。書記長、行ってスケジュールを調整してきてください」
「わかりました。こちらからの申し入れでいいですね」
団体交渉はどちらからの申し入れによって行われる。そのことを確認したのだ。
「それから、速報はいつものように出していいですかね」坂本が気にした。
「それなんよ。こんな回答を受け取ったと流したら、組合は舐められたと思われますよ。回答は先延ばしされたとかにしたほうがいいんじゃないかね」営業現場から来ている山崎が気にした。
「俺もそう思う」誰かが相づちを打った。
「いや、ありのまま出しましょう。事実は事実です。それだけ厳しいことを皆にも覚悟してもらわなければいけんと思います。小細工をしたら後々困ることになります。策に溺れるということもあるし、嘘は嘘を呼んで際限がなくなります。我々の取るべき道じゃありません」吉田は打ち消した。
あまりに衝撃的な回答に、皆少しナーバスになっているようだ。こんな小細工まで思いつくようになっていた。
「それじゃ、私は会社に行ってきます」と作田は席を外した。

組合が交渉をしていく上で不可欠なのが、組合の代表として会社と交渉する権利、いざというときには争議をする権利、いよいよ話が煮詰まってきたときには妥結する権利、である。この3権なくしては交渉にならない。
この権利は組合だけに限ったことではない。国と国との外交においてもそうであろう。また日ごろの買い物でもそうである。値交渉をするのに、店員ではだめでも店長なら決定権を持っているではないか。決定権なくして交渉は成り立たない。
組合は民主的運営が基本である。その民主性を担保するために大事な事柄は大会や中央委員会に付議し、承認をもらう必要がある。しかし、いつも大会や中央委員会を開くわけにいかない。特に賃金改定や賞与交渉のように重要な交渉は、一瞬の判断とか、その場の勢いや心意気で決しなければならないこともある。
「それじゃ、組合員にお伺いを立ててきます」なんて悠長なことではまるで子供のお使いみたいで話にならない。
また、会社側も「どうせ、否決されるから枠いっぱいのものを出せない」なんてことになって、お互い疑心暗鬼を繰り返すだけである。
そうならないために、交渉委員にはこの3権を付与してやる必要がある。組合によっては、中央委員会に付議しなければ妥結できないところもあるようであるが、それでは交渉委員ではなく、メッセンジャーにすぎなくなる。気の毒だ。
この3権を付与するかどうかを、組合員の直接投票で尋ねるのである。
この3権を付与された執行部は闘争委員会と名を変え、妥結まで続く。

翌日、始業時間である8時30分から交渉は行われた。
「まず、会社の業績内容を詳しく説明してください」
「これは、営業上お得意様にいらぬ不安を抱かせないため、外に漏れないように執行部だけに止めておいてください」
「そんなことできませんよ。説明がつきませんから。ただ、文章にせずに、口頭で伝えることにはします。それでいいでしょう」
「わかりました」
筒井は書類を広げながら、何から話そうかと考えるふうだった。
「まず、売り上げですが、いろいろと手を尽くしたんですが447億円の見込みです。これは今展開中のプロモーションが初期の見込みどおり達成されることを前提としておりますが、出だしは芳しくありません。経費のほうは冗費を主に極力抑えてきましたが、販売促進費用が思ったよりかさみオーバーしております。その結果利益はマイナス3億の赤字になる見込みとなりました」
「労使懇談会のときは何とか黒字に持っていきたいと言っていたやないですか。交渉のときになったら赤字ですか」作田が突っ込んだ。
「いやそうじゃありません。懇談会のときはなんとか黒字に持っていけるかな、また持っていきたいと思っていましたが、あれから売り上げ見込みや経費の見込み計算をシビアにやり直したことと、販促費用が思ったより掛かりましてマイナス要因が膨らんだためです」
「そもそもこれだけ業績が悪化した基本的要因は何なんですか。2、3年前はちゃんと利益が出ていたじゃないですか」豊岡が本質を問うた。
「それは、以前は山陰工場はなかったし、販売も順調に伸びていましたから何とか利益が確保できていました」筒井は言いにくそうに答えた。
「労使懇談会のとき、その山陰工場の負担は償却や金利で8億円ということでしたがそれは変わりませんか」
「そこは変わりません」
「つまり山陰工場の投資ミスが業績を圧迫しているということですね」
「しかし、それは経営戦略の問題ですから……」筒井は言葉尻を濁しながらこの問題には触れたくない様子だ。
「経営戦略の問題なら経営で解決してください。我々組合員に負担を押し付けるのは筋が通りません」平田も黙っていなかった。
「しかし、現実に赤字で賞与原資が捻出できません」
「だったら、経営のほうでも責任を取るべきじゃないですか。責任は誰がどう取るんですか」
「責任といわれても、経営戦略としてやったわけですから何年か後に明らかになった時点で考えるべきことでしょう」
「それじゃ、固定部分を削るのも経営戦略ですか。まずここを100%支給するようにしてください。そこがスタートでしょう」
「しかし、現実に赤字で配当も今年は0にせざるを得ない状態です。株主様には0配当なので、社員にも少し我慢をしていただきたいということです」
「何を言っとるんですか。役員が責任を取って辞めて、役員報酬も減らしましたので、ごめんなさいと株主に謝ればいいじゃないですか」作田は歯に衣を着せない言い方で迫った。
こんな攻防が毎日のように続いた。

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