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男気

更新 2007.08.15(作成 2007.08.15)

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第3章 動く 31.男気

平田は、くすぐったい気持ちを抑えながらある本の一節を紹介した。
「功ある人には賞で応えよ。徳ある人には職で応えよ。つまり、新製品を発明したとか、売り上げを伸ばしたとか、何か顕著な業績を上げた人には賞与や金一封で報いたらいい。経済的功績には経済的報酬で応えたらいいのであって、ポストを与えてはいけない。人間として立派な人にはポストを与えなさい。ということが書いてありました」
「あッ、いいこと言うね。そのとおりです。確か西郷隆盛公の言葉だったかな」後藤田は平田を褒めた。
“さすが後藤田専務、よくご存知だ”そこまで知らなかった平田は感心した。
「そうなんです。よう勉強されとるんですよ」横から川岸も追従した。
「しかし、わが社はとてもそうは思えないじゃないですか」豊岡は会社の現実に納得がいかないようだ。
「わが社もそうなっているんですか」平田も同じ気持ちで聞いてみた。
「そうだな、わが社の場合はそうありたいができなかったというのが正解だ」
「それじゃ、だめじゃないですか。わが社はどうやって選んできたんですか」
「今までは年功で選んだと言ったほうがいいかな。これはしょうがないんだよ。会社が急速に伸びてきて、みんな若いから人物の差なんてないに等しい。そんな差より、1年先輩というほうが規律が保てるだろ。現実問題としてそっちが優先したんだな。1年の経験と2年の経験では倍の開きがある。若いときの差というのはそういうことなんです。能力とか実力で選ぶときは、誰もが『あれならしょうがない』と認めるくらいの差がつかないと難しい。みんなそれに慣れてしまっているから変えることがなかなか難しい。でも、これからは違うぞ」後藤田は、そこまで言って顔を引き締めた。平田らも聞き漏らすまいと体を乗り出した。
「これからは人間勝負になります」後藤田は真顔で語った。
「人間勝負ですか」豊岡が繰り返した。
「さっき平田君が徳と言ったけど、人事の専門書ではそういう言い方はしない。平田君が読んだのは帝王学だな。帝王学ではよくそういう言い方をする」みんなが驚いたように平田のほうを見た。平田は少し照れくさそうにうなずいた。
「その考えはけして間違ってはいないが、“徳”といえばあまりにも精神訓話じみて人事用語としては使えない。人事担当としては人物を見てという言い方になるかな。どちらにしても人間勝負になる」ここで後藤田は少し間を空け、ビールを飲み干した。他の者は、“人間勝負”の意味を一生懸命理解しようと、後藤田の次の言葉を待った。
「しかし、人間勝負というのもまだ広すぎます」平田が催促した。
「もちろんそうです。人間基準で選びますというのではなく、考え方として人間基準でいきますよということです」みんな納得した様子でうなずいた。
「まあ、人が人を選ぶんだから難しいね。君たちのような人物を頼もしいと思う人もいれば、煙たいと思う人もいる」後藤田はそう言いながら、曇らせた視線を遠くへ向けた。平田は、その憂いが浮田へのものであることを期待した。
「だから、具体的で客観的な基準がいるんじゃないでしょうか」平田はさらに突っ込んだ。
「うん、人事の仕組みとしてはそうだろうね。どんな基準が考えられますか」後藤田は尋ねた。
「知識技能、積極性、責任感、リーダーシップ、判断力、みたいなことでしょうか」平田は、とっさに思いつくままを披瀝した。チョット得意気だった。
「うん、まあそんなところかな。もちろんそれらは必要だよ。なくては困る」
人事のオーソリティだ。そんなことは百も承知だった。後藤田の素っ気ない様子に、平田はチョット不満だった。
「なければただのバカですからね。能力としてそれらが最低のベースだろうね。その上で私がこれだと思うものがあります」
「何ですか」みんな口を揃えて尋ねた。
「それは、私流の言い方をするならば“男気”だろうか」
「男気ですか」みんな口を揃えて復唱した。
「男気って何だろう。なんだか漠然とした理解しか持っていませんね」平田は、みんなに投げかけるように見回した。
「喧嘩が強いことじゃないの」吉田が、笑いながら混ぜ返した。
「いやいや、力持ちのことでしょう」作田も切り替えして、爆笑を誘った。
「みんな、侠気ということを知っているだろう。それですよ」後藤田が説明を加えた。
「なるほど」平田は大きな声でうなずきながら手を打った。それに驚いたみんなが一斉に平田を見たものだから、
「いやね、昔さ、学生時代によく歌っていた歌詞の一節を思い出したんよ。そしたら何となく飲み込めるような気がしてね」と説明した。
「どんな歌か披露しなさいよ。酒宴の一興だ」後藤田は催促した。
「それじゃ」と、平田は背筋をピンと伸ばし正座して歌い出した。

“妻をめとらば才長けて 見目麗しく情けあり
     友を選ばば書を読みて 六部の侠気 四部の熱“

他の者もよく知っているらしく手拍子を打ちながら一緒に歌った。
「そう、その侠気だ。任侠の世界みたいなもんだな」
「それじゃやっぱり喧嘩が強いことですね」吉田がまたしても揶揄した。
「ハッハッハ。吉田さんは喧嘩は強いですか」
「からっきしだめです。片手でひょいと捻られますよ」
「そうですか、弱いですか。ところが男気は人に引けを取らない」と、後藤田が持ち上げたものだから、吉田は照れた。
「そうですよ。一番あるよね」豊岡は、男気の何たるかをわかっているのかどうかわからないが、とにかく吉田を褒めた。それがまた可笑しい。
「私もなんとなくわかります」平田も追随した。
「それは何なのか。そこを考えてみませんか」後藤田は謎を掛けた。
吉田は、自分のことが俎上に載っているものだから、照れくさそうにニコニコしている。
「どうですか。平田さんは何のために生きていますか」
「そうですね。実は先日こんなことがありまして、家族のためというのが一番ですかね。本当は世のため人のためと言えば格好いいんですが」平田は、先日の出来事を簡単に説明しながら、家族の大切さを話した。
「それも男気の一つだが、まあ、愛と言ったほうがいいかな。その延長線に任侠がある」後藤田は、そう言いながらまたビールを喉に流し込んだ。
「平田君、愛って何だろう」
「そうですね、尽くすとか捧げるとか、そういうことのように思います」
「そのとおりです。つまり自己犠牲です。何の見返りも期待せず、ただ尽くすのみ、それが愛です」
「任侠も同じように思うのですが、違うのは身近な他人に尽くすのが任侠のような感じですね」平田が感じたままを言うと、
「いいとこを突くね。もっと広い世界になると人類愛とか博愛とかになってまた愛になる。会社の中では任侠くらいがちょうどいい」後藤田は、そう言いながら任侠という言い方を笑った。
「ウーン、そうですね。それで男気って何なんですか」

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