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揺れ

更新 2016.04.13 (作成 2005.12.05)

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第2章 雌伏のとき 6.揺れ

平田は、数年前に中央委員会の議長を務めたことがあり、現執行部の体質は知り尽くしている。
「会社も変えたいし組合の体質も変えたいのはやまやまだけど、俺一人がシャカリキになってもどうしようもないよな。豊岡さんの話も何となく面倒なことになりそうであまり乗り気はしないし。
それに現執行部体制を引きずりおろす方策はどうするのだろう。うまく新組合執行部を作れたとしてもその後会社を変えていく手立てはあるのだろうか。会社からにらまれたときはどうするか」
いろいろと悩ましい問題が頭の中を駆け巡っている。
「しかし、どうせこのままいっても会社はだめになるかもしれない。赤字会社になれば賞与や給与も期待できないし、人員整理なども起きるだろう。そんな状態でぐずぐずと燻ぶっているよりいっそ思い切ってやってみようか。会社も組合役員をやっていたらまさか首にはできまい」
それが会社と組合の微妙なパワーバランスである。
「仮にうまくいかなかったとしても、このことがきっかけとなって会社が変わるかもしれない」と、全く色気がないわけではない。
豊岡と話をしているうちに少しずつではあるがこの企てと自分の境遇との接点が見えてきだしたのである。
“成功することがわかっているなら誰でもやってみたい”都合のいい打算も頭をよぎる。心は大いに揺れた。
「しかし、温厚な豊岡さんが一人でこんな話を持ち出すとは思えない。きっとバックに誰かいる。仲間集めだな。うかつには乗れないぞ」気を締め直す。
「首謀者は誰なのか。組閣はどこまで進んでいるのか。クーデターのシナリオはできているのか」走馬灯のように新たな心配が思い浮かんでくる。
もともと、平田自身も激動期や改革に携わること自体は好きで、カオスを解きほぐすことにこそ生きがい、やりがいを感じるような男である。論理派で地頭も良く、先見性もあるし物事の判断はかなり正確なほうだと自負している。
ただ、欠点は頭の良さが仇となり、周りの者がバカに見えてしょうがない。そのため敵をよく作った。だから和だとか協調などが尊ばれる平和な時代にはまるっきり存在感がなく、人々からうさんくさがられるだけである。
平田は実に合理的に仕事をする。無駄な仕事は「なぜ」「何のために」を突き詰めて、合理化したり他の方法に変えたり必要な流れだけにしてしまう。
電算やパソコンも誰よりも早く取り組み、その分仕事も速いからゆとりがあり人の仕事にも頼まれもしないのにお節介を出したがる。
「何でそんなことをするん?無駄じゃろ」
「何でそんな面倒なやり方をするん?こうしたら早いじゃん」
挙句の果ては「バカじゃのー」
言われたほうは怒り心頭である。
平田の心底は純粋に皆でムダをなくして会社を良くしたいとの思いからなのであるが、人はそうは受け取ってくれないし、人にはそれぞれ事情というものがある。そんなことには忖度(そんたく)せずストレートに切り込むから反感を買うのである。世渡りは不器用極まりない。逆に頭が悪いのかもしれない。

ほとんどの人間がいつも何かをやっていなければ不安になる、それが人情である。自分の存在感のためにも何か仕事をやっている格好が必要である。いわゆるメイクワークである。そのくせ、自分の仕事を良くしようとか、仕事を見直そうという方向には動かない。与えられたこと、言われたことは何の疑問も挟まずに黙々とこなし続ける。その人にとってそれは大事なことなのである。無くしてしまえば、「あいつは要らないのか」と合理化の対象になるからである。人間の防衛本能が一番働くところと考えていい。
人間、自分の仕事を否定されることほどつらいことはない。だから、合理化への抵抗が大きいのだ。
人から否定されるのはつらいが、自らは気づいているはずなのである。だけどわかっていてもできないのが人間だ。
人が仕事を変えようとするとき、一番エネルギーを必要とするのが関係者へのネゴシエーションである。ほとんどの人がこれが苦手である。反対意見を説得するほどの仕事の研究と、合理的論理の構築に自信がないからである。また、人に説明するのが面倒くさく、人と議論したり争ったりするのを嫌うのである。だから人は仕事を変革しようとしないのである。
掛け声だけでは決して合理化は進まない。

平田は、豊岡の仕事に対する取り組み姿勢や考え方に共感できたし、自身も豊岡に負けないくらい仕事や会社に対する思いと情熱を持っていた。
しかしやはり人間である。
「もし、うまくいかなかったらどうするか。会社を辞める勇気があるか。女房や子供をどうして養うか。新しい職はあるだろうか」などなど、平田浩之の心は揺れに揺れた。

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