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思考回路

更新 2006.05.15 (作成 2006.05.15)

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第2章 雌伏のとき 22.思考回路

「はい、それでは今後の予定をお話します。まず、10月25日金曜日に労使懇談会があります。これは、労働協約に基づいて行われるもので、最低年1回、または必要に応じて開催するものです。内容によっては労使協議会に変えることも可能です。まあ最初の懇談会ですから、建設的な意見交換にしたいと思います。あまり会社批判や責任追及ばかりになっても関係悪化を招くだけですから、その辺は控えたいと思います。そこで、どんな話をするか各自考えておいてください」
最初の行事は会社との労使懇談会である。毎年、大会が終わると組合執行部と会社の役員とが一堂に会し、意見交換をするのが習わしになっている。
作田の話が一区切りついたところで、吉田が言った。
「まず最初に、会社から業況説明されると思います。それに対して質問なり意見を言う形になると思うのですが、みんながバラバラに言っても格好が悪いので、ある程度項目ごとに質問内容を整理しておきたいのです。その内容について皆さんの意見を次回にお願いします。主には私が対応することになると思いますが、適宜発言をお願いします」
「ということですのでよろしくお願いいたします。次回の執行委員会に持ってきてください。19日土曜日の10時から行います。
それから、11月に入ったら一時金の交渉に入ります。平田さんのほうで要求案の素案作成をお願いします。また、他の部長さんも運動方針に沿って各部の活動計画を立てて、活動に入ってください」
「要求案だけど、どうしたらいいんですかね」平田は素直に尋ねた。
「去年のを見て作りましょうよ。後で相談しましょう」作田が答えた。
「労使懇談会だけど、どうしても経営の失敗を追及することになると思うんですよね。どこまで言っていいのかね」執行委員の一人である長瀬退助が尋ねた。長瀬はメンバーの中では最年長の50才であり、徳山営業所の事務をやっている。若いころ、他社で組合活動を経験してきたベテランである。それだけに内に一徹なものを持っていた。
「確かにそのことは避けて通れないと思いますが、最初ではあるし会社と喧嘩するわけじゃありませんからそこそこにお願いします」吉田が答えた。
「しかし、つい大きな声になるかもしれませんよ」
「そのことは、これから団交を通じていくらでも言う機会があると思います。今回は懇談会ですから、穏便に収めてください。それに最初の顔合わせですから、いきなり厳しいのも印象を悪くし信用を損ねることになります。あくまでも会社を良くすることが目的で、責任追及が目的ではありません」
長瀬は未練が後を引くような顔をしていたが、うなずいた。
執行委員会は、各部の今後の活動予定などを簡単に確認して終わった。
最初の執行委員会ということで、議論が伯仲するような議題もなく、連絡会議といった雰囲気だった。
最後に、吉田が
「今日は遠くの皆さんは泊まりですよね。宿はいつもの三滝荘ですね。それじゃ、そこでちょっと一杯やりましょうか」
組合の定宿は三滝荘と決まっている。田舎町の可部には、宿らしい宿は他に小さなビジネスホテルが1軒あるだけである。三滝荘は昔からある木賃宿で、いつも使うという条件で安くしてもらっている。泊まりは遠くから来ている5名だけだが、他の者がいきなり押し掛けて飲みになっても、適当に対応してくれる。そのまま寝込んでしまっても泊まり賃は請求してこない、良心的な営業をしてくれる。その代わり、布団などは自分で押入れから出して敷かなくてはならないが、修学旅行のような楽しい気分になる。
しかし、今日は事前に10名ほどで飲みになると作田が連絡した。

平田は、第1回執行委員会があった翌日の土日の休みに、昨年の一時金の資料と今年の上期の一時金資料を持ち帰って読み直した。しかし、なぜそうした金額を要求したのか理解ができなかった。
週の変わった月曜日の夕方組合事務所に顔を出した。
「書記長、一時金の要求案の相談に乗ってよ」
「ああ、やりましょう」作田は自分の資料を持って長机へ立った。
「俺がわからんのは、なぜこの要求金額になったかなんよ」
「他のことはいいんですか」
「だって、他のことは経済情勢や他組合の要求水準とかばかりでしょう。これらはいくらでも資料はあるし、難しいことじゃないよ」
「さすがは平田さんやね。私らにはそれが一番難しいんやけどね。それができたら簡単ですよ。」
「逆に俺はここが理解できんのよ」
頭の思考回路の違いである。平田は1+1=2というようにきちんとした計算が出ないと納得がいかない。社会経済情勢などは、仕事の中で日常的に接しているからわかっている。
一方の作田は、営業現場で働いていたから、こうした論理構成が苦手である。
「それじゃ、まず骨子と数字以外のところを作ってもらえませんか。それを基に話したほうが早いと思うのですが」
「いいよ。じゃ1週間ほど待ってくれる?また来るよ」
そこへ豊岡がふらっとやってきた。彼も会社帰りの気分転換である。
「何しよるん」豊岡らしいおどけた言い方である。
「ウン、一時金の要求案作りなんよ」
「まじめやねーェ。適当に要求しとけばいいやんか。どうせ出りゃせんのやけ」心とは裏腹に茶化しまくっている。
「そうなんよ。どうでもいいと言っとるんですがね、平田さんが納得せんのですよ」作田も、笑いながら豊岡の冗談に悪乗りした。
「ウン、わかった。それじゃ適当に作ってこよう」平田も負けずに冗談で返した。
それからの平田は1週間ほど徹夜で要求案の骨子作りに没頭した。会社が終わってからやるのであるから大変である。しかしそこは要領良く、仕事の合間に資料を取り揃えたり構想を練ったり、そっとやっていた。

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