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油断

更新 2016.09.29 (作成 2005.04.25)

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第1章 転機 9.油断

ピンチヒッターが、レギュラー選手のリタイアで定位置取りになってしまった。
たまたま、マル水食品グループに人材ストックがなかったため回ってきた運命のいたずらである。小田は、柄にもない大役を持て余した。
社長になって最初の仕事は、秘書課長の設定するスケジュールに従って各界へのあいさつ回りをすることであったが、気が重かった。
「自分は、たまたまつなぎ役として選ばれただけであり、野心があったわけでもなく実力を評価されて社長になったわけでもない」との負い目があった。
そのためか、各界の第一人者に会うと気後れがしてならない。いかにも力不足を自覚せざるを得なかったし、格の違いをまざまざと思い知らされた。
通常トップマネジメントに求められることの一つに、行政機関や経済界との良好な関係を築くことが挙げられる。“組織は人なり”と言うように、組織と組織の結びつきといえどもしょせんは人と人の結びつきにすぎない。その人と人の関係を深め、企業メセナなど貢献すべきは貢献し、自社のステータスアップを図っていくのが狙いである。
そうした日ごろの地道な企業努力があって、いざというときの公的支援や経済各界のバックアップなどが得られるというものであろう。
トップの交代期などは、トップマネジメントとして積極的な関係を形成し、自社をアピールする絶好のチャンスではないか。
にもかかわらず小田にはその心構えも経験も不足していたし、サービスコメントの内容も準備不足だった。
人間、自信がないと人前で上がるし、卑屈になる。
「何もわかりませんので、よろしくお願いします」の一点張りになってしまう自分が不甲斐なかった。

県知事や市長をはじめとする役所関係、警察、保健所、経済界など地元有力者へのあいさつ回りを一通り済ませ、次は近隣主要都市へ回った。
地場の中小企業というものは、こうした機関にお世話にならなければ日々の生業が立ちいかない。特に食品産業はいろいろと問題が多発する業界である。だから、主要な関係機関へのあいさつは断じて欠かせない。
小田新社長は、気が進まないながらも近隣の主要都市を巡り、過酷なスケジュールだったが何とか一通りのあいさつ回りをこなし終えた。
各地方都市には、地区営業部長が存在している。訪問にはこの部長を露払いに同伴していった。日常の業務の打ち合わせや交渉はこの地区営業部長が当たる。

地方の管理職は本社の役員と直接話をする機会などめったにない。
会社の経営状態や経営方針などは本社スタッフが作った資料を見せられ、地区部長からの間接的な説明を一応受けてはいるが得心するというところまでは中々いかない。
本社の役員から直接生の声で聞かされることによってはじめて、何が重要でポイントはどこかがわかるというものである。
そのため、どこの会社も経営方針や年度計画といった重要事項については年に数回、多額の会議費や旅費を使ってでも管理職を集め説明会を開いている。
中には高い経費を掛けてムダ遣いであると言う人もいるが決してそんなことはない。テレビ会議でもいいので直接話をし、生の声を聞くということが大事だ。
一編の通達文だけでは心に響くまい。ましてや、人の事である。
中国食品の役員も直接話をすることの重要性は心得ており、地方へ出かけたときにはできるだけ管理職と対話を持つようにしている。通常は地区営業部の会議室で行われるが、たまには一杯飲みながらのこともある。これがまた、地方社員との気持ちをつなぐのに実に効果的なのである。
こうしたことを繰り返しながら本社と地方の心は結ばれていた。
秘書課長も地区部長も新社長に大変気を使っていた。
「今日の宿はグランビアを取っておりますがよろしいですか」
「ああ、いいよ」
「お食事はどうしましょうか。所長連中を集めましょうか」
「いや、今回はよそう。疲れた。また来るよ。ホテルのどこかで3人で食おう」
小田は気分がナーバスになっていたため、彼らと会うのをためらった。油断である。
こんな調子でこの度の地方訪問では営業所長との接触を敬遠した。
これがのちに彼ら所長連中の耳に入り反感を買ってしまったのである。
「せっかくここまで来て俺たちと話もせずに帰るのか。新社長としての抱負や経営方針など語っていくのが本当だろう」
「今まで営業担当の専務だったのだから一番わかってくれていると思っていたのに、雲上人になってしまったのか」
こんな風評が静かに広がり、知らずしらず業績へ影を落としていった。

人の心とはこうしたものであろう。ちょっとしたケアを怠ると離散していくものである。上に立つ者、油断できない。
ところが、普段は油断だらけのことが多い。
上司であることの上にあぐらをかいていると、寝首を掻かれることになる。部下もまたしたたかなものである。アングラで、「あの管理職の下で働くのは嫌だ」「あいつの下ではやる気がしない」といったあらぬ噂を故意的に人事の耳に入るように流し、“管理職不適格”の烙印が押されないとも限らない。
日ごろ業績のために頑張ってくれている部下である。力で押え付けるだけでなく、細やかな気遣いを忘れてはならない。

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