2003年10月 8日
9月17日快晴。 今日は水曜日、友人の家がある「La Motte Picquet Grenelle」駅付近に朝市が出ます。 果物、パン、チーズ、肉、魚といった食品をはじめ、洋服や日用品などが屋台に並べられています。 さわやかなその朝市の様子は、混んでいても、北京のそういった市場とはまるで違う雰囲気です。 どのお店も色鮮やかで、きょろきょろ…
2003年10月 7日
9月16日快晴。 昨夜は、2段ベットの1段目を借り、ぐっすりと寝ました。 授業が始まる3時過ぎまで、友人がパリを案内してくれることになりました。 友人の家からエッフェル塔までは歩いて15分程です。 青空をバックにエッフェル塔が映えます。 つい先日まで自分がヨーロッパに来るなんて思わなかったことを考えると、「私、今パリにいるなんて、信じられ…
2003年10月 2日
9月12日は中秋の名月でした。 中国では、月餅を食べます。 私は月と火星を見ながら月餅を食べ食べ、2日後に控えたフランスを思っていました。 9月14日快晴。午後2時55分の便でひとまず日本へ向かいました。この日は成田のホテルに1泊します。 9月15日晴れ、強風。成田で慌ててフランスの旅行ガイドブックを買って、午前10時30分フランス行きの…
2003年10月 1日
10月になりました。 SARSの影響で4月の終わり、例年より早く日本へ戻り、4カ月間という長い夏休み(?)を過ごしました。 9月にやっと北京に戻り、先学期の宿題に追われながらも、新学期からはいよいよ4年生です。 卒業制作や論文の準備を......と思っていたのもつかの間、問題が発生しました。 この度中国入国の際にビザなしで入ったために、学…
2003年5月22日
WHOの調査が入り、北京でのSARS感染拡大が明らかになってからすでに1カ月が経ちました。 私も日本へ帰国して3週間が過ぎました。 帰国前の北京での生活はまるで病院にいるようでした。 中国の大学は全寮制です。同じ敷地内に先生や学生をはじめ、大学で働く大勢の人が共に暮らしています。 大学内で感染者が出たら広がる可能性も大きいため、管理は厳し…
2003年4月 8日
戦争に続いて、原因不明の病気が流行し、世の中が何だか揺れています。 母親が「中国では情報が伝わっていないようだけど、気をつけないと......。帰ってくるにも飛行機が心配だし......。」と慌てて電話してきました。 確かに、このなぞの肺炎「SARS」が中国で報道されるようになってからまだ1週間ほどしか経っていません。 しかし中国にいる外…
2003年3月 5日
日本の新幹線などは進行方向に向かって席が配置されていますが、中国の長距離電車は2人か3人ずつが向き合う形になっています。 つまり4人か6人のボックス型です。 日本の乗り物と比べると、仕切りのような物がなく顔も向かい合っているので、 他の乗客を意識しないでいられることは難しいです。 例えば、向かいや隣に座る人が大きな男の人だと、ひざがぶつか…
2003年3月 3日
旅行に行くとトラブルは付き物、しかし思い出になれば楽しいものです。 今回の冬休みの旅行はちょうど春節(旧正月)が近い時期で、多くの人が故郷に帰るなど 移動する時期だったため、電車も飛行機も切符を買うのは大変でした。 朝6時になったばかりだというのに、20カ所以上ある切符売り場の窓口全てに長蛇の列ができていました。 中国では電車の場合、3日…
2003年2月26日
ハルピンへ行ってきました。 「氷祭りが見たい」そう思いました。 ずいぶん前から「ハルピン」という場所が気になっていました。雑誌で見た(たぶん日本の)氷祭りの 氷の中で光が灯る幻想的な印象に魅かれたこと、そして、その祭りはハルピンから来たということ。 それから、私が初めて中国語を習った先生がハルピン生まれだったことや、 いつも使っている磁気…
2003年2月26日
山東省維坊(ウェイファン)市と高密(ガオミ)市へ行ってきました。 今回の目的は、維坊市(*1)とその隣の高密市の民間工芸作家を訪ねることでした。 まず行ったのは、維坊市郊外「楊家埠」(ヤンジィアーブ)です。 ここには木版年画(中国で正月に門などに飾る絵)の工房があります。 天津の「楊柳青」(ヤンリィウーチン)と蘇州の「桃花塢」(タオフアー…