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category : [食・健康]
writer :[の]
日常と非日常があるとするなら、病院での生活は非日常だと思っていました。早く日常生活に戻りたい(というか戻らねば)とも思っていました。
そして先週末、外泊許可が出てほぼ1カ月ぶりに自宅に戻ったのですが、そこでの現実はかつての日常のものとは少々違っていました。
普通にできていたことが難しい。今まで気にもかけなかったことが危険。自宅は事故の現場でもあるので、緊張もします。
また神経の情報伝達も部分的に混乱しています。例えば、熱湯を冷たく感じ、冷水を痛みに感じる部分があります。なので自分の感覚に頼らず、事の理を頭で考えて行動しないと火傷をしかねません。
自分が感じていることはダウトである、これは何とも奇妙な感じです。
またスーパーに連れて行ってもらったのですが、そこがかなり怖い。
私は首にカラーを巻いていることで、辛うじて「怪我人」と認識されるかもしれませんが、買物客は容赦ありません。
特に動きが読めない子どもは凶器です。背後ではしゃぐ子どもたちの声が聞こえてくると、ただでさえしびれている足がブルブルしてきます。
さらにまた、通路にはみ出した商品や、通路中央に斜めに置かれたセールのワゴン。こういったものも怖い。安全を確保するうえでもつくづく5Sって大事なのだと実感しました。
1時間ほど歩いたでしょうか。もともと低血圧なのに、この怪我のせいでますます血圧が下っています。でも気を失っても看護師さんはいないと思うとかなりの緊張です。買い物を終えるともうグッタリ......。
もちろん、家に帰ってこられたことは嬉しいのです。「(生きて)帰ってきたー!」という感慨もあります。
いっぼう病院に戻るってみると、それはそれで「(無事に)帰ってきたー!」と思ってしまう自分がいました。
いったいどちらが日常なのか。どちらも日常のようであり、何もかもが非日常のようでもあります。いずれも現実であることは間違いなさそうです。
私は今こんな状態ですが、将来は親の介護をするつもりでいます。その際はかなり気の利いた介護ができそうだ、という自信だけはつきました。
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| 子供たちは凶器 | 身近に潜む危険 |
強い意思が支えるテンポの速い回復と、冷静な自己分析に驚かされるばかり。日々惰眠をむさぼり、徒食を食んでいる身としては、かなり肩身の狭い思いがしました。
うん、こうしちゃおれん。
スーパーで買い物とは、リハビリの成果が着々と表れてますね。「の」さんの指摘するとおり、町は危険でいっぱいです。以前、1か月ほど松葉杖生活を送ったことがあるのですが、まだ、バリアフリーなんて高級な言葉もない頃ですから、とくに通勤では苦労しました。松葉杖では、階段を上るよりも、降りるほうが難しいんですよ。本当に、自分で経験しないと分からないものです。また状況など綴ってください。
>横浜TSさん
あわわ……。実はこのところオリンピック見ながらダラーダラしておりました。そんな風に言われると何とも面目ないです。私もこうしちゃおれません!
>横浜HMさん
まったく、経験しないとわからないものですね。特に下り階段は恐いですよね。それを松葉杖で降りるなんてかなり高度な技能が要求されそうです。ご無事で何よりでした。